評価は真っ二つ。現代の英雄と見る熱い視線の一方、「売名行為の塊」との冷めた見方もある。いったい、あなたは何者なのか、河合さん。

 

ひと烈風録|弁護士 河合弘之[後編]

高浜原発で攻める。相手の嫌がることをやって勝つ 

(撮影:今 祥雄)

腹が据わった。こうなったら戦争のやり直しだ。局地戦ではなく、脱原発の全体戦略を練り上げよう。11年7月、河合の事務所で脱原発弁護団全国連絡会の第1回会合が開かれた。「すべての原発でもう一度、差し止め訴訟を巻き起こそう」。

「運動にはキャラの立ったリーダーが必要。キャラを立てないとダメなんですよ」 旗を持って最前線に立つ。弾が当たったらしょうがない。そう決めた。

目立ちたがりはバブルの頃からだが、戦い方もバブル時代と変わらない。「どっちの僕もやり方は同じ。やっている場所が違うだけ」。

河合の戦い方は、相手を観察し、いちばん弱いところにドスンとナタをぶち込む。一晩で借金をたたき返した平和相銀のときのように。

高浜原発の差し止め訴訟も、同じである。当初、地元の福井弁護団は「大飯原発で勝った(一審は差し止め判決、関電が控訴中)のに、高浜で変な判断が出たらかえってマイナス」と提訴を渋った。が、高浜は関電の原発で、先頭を切って原子力規制委員会の新基準審査が進んでいる。これを止めれば、関電の再稼働戦略が大きく狂う。

河合は譲らなかった。「絶対やろう。敵がいちばん嫌がることをやる。それが、戦いの要諦じゃないか」。

戦い方の二つ目。人をどんどん使う。バブル時代、自身の言葉によればアメリカンフットボールの監督だった。戦略を立て、コートの外から指示を出す。「その球、投げろ。パスだ。走れ。それタッチダウン」。

脱原発運動でも、河合の役割は企画・立案まで。あとはやってもらう。

「僕よりずっと実力のある人がいる。一隅を照らす人が必ずいる。そういう人を発見できるのは、僕が本気で脱原発を考えているから」 

最大の発見は、もちろん海渡だ。映画『日本と原発』もそうだった。海渡の打ち明け話。「『今回は君の手は借りない』と宣言したくせに、しばらくして河合がしおらしくやってきた。最初に監督を任せた人物がまったくの期待外れ。『何とか助けてくれ』と。僕は嫌みの一つも言わず、はい、わかりました」。

海渡は構成を練り直し、シナリオも書いた。河合は主役兼プロデューサー、そして金主である。3500万円をぽんと出した。河合が言う。

「俺が映画を作ると言わなきゃ、彼(海渡)の映画の才能も実現できなかった。だから『河合さん、感謝している』と言ってくれる」

「3回以上見た人は私が脱原発検定証を発行します」。映画の後、自著を買ってくれた観客と握手(撮影:今 祥雄)

東電株主代表訴訟原告団の事務局長、木村は「コンサートに行くようにデモに行こう」と訴えるメルマガを企画したが頓挫した。「うまくいかないのは、結局、おカネ。河合さんのダイナミズムはおカネの裏付けがあるから。私も、何か事業をやって成功しておけばよかったな」。

河合の中では、脱原発と商売が同居している。大企業からの依頼は絶無に近いが、「権力を相手にひるまない」という反骨のイメージがオーナー企業や中堅企業を引き付ける。

「あっちを反省して、こっちに専念しているんじゃないんだよ。経済事件は今も好き。ハッキリいって、今でもえらく稼いでいます」

バブルまみれがどうした。批判するあなたは何を? 

すき家やココスを展開するゼンショーホールディングスの会長兼社長、小川賢太郎は心から共感する。「すごいよね。日本は戦争にけじめをつけられなかった。河合さんはフクシマにけじめをつけようとしている。あの正義感は国の財産」。

ただし、自分とは生き方が違う、と思う。河合が逮捕学生の救援に走り回った60年代後半、小川は共産主義革命を目指す過激派だった。一心に思い詰めていたのは「世界から飢餓と貧困をなくすこと」。

革命運動に挫折した小川は、ならば資本主義の中で飢餓と貧困を撲滅しよう、と外食企業を起こした。

「だから、僕の中では(過去と現在は)全然矛盾しない。河合さんは並列的、二元論でやっている」 河合も認めている。飯の種の経済事件は正義とは相いれない、というより正義とは関係ない。それとは別個に正義の脱原発に取り組んでいる。矛盾といえば矛盾だろう。

だが、世の中は矛盾をテコに生成・展開していく。理想の実現と企業成長を等号でつなぐ小川は、成長を急ぐあまり、長時間労働を常態化させる矛盾を生んだ。第三者委員会の報告を受け、出直しを図っている。

一方、河合は矛盾の中に身を置く緊張感に鍛えられてきた、ともいえる。71歳の今も、俗物性はしっかりある。自分自身を清く美しくとは思わないし、思えない。が、脱原発運動の20年でわかったことがある。

「経済界って本当に短期的な利益の追求なんだ。脱原発は、カネカネカネの勢力と、日本を滅ぼしてはいけないという勢力の戦い。俺、あっちのほう(短期の利益追求)でゴチャゴチャやっていたんだな」 バブル案件の依頼が来たら、たぶん、またやるだろう。が、もう昔ほど夢中にはなれない。

河合は元会長の勝俣恒久以下、東電首脳を刑事告訴した。勝俣は東大卓球部の先輩だ。OB会に行けば、「いいかげんにしてやれよ。勝俣がかわいそうじゃないか」と言われる。しかし、事故で人生を根底から変えられた人々の無念を思えば、許せない。

電力他社への警告でもある。関電の株主総会でほえた。「再稼働して事故を起こしたら、徹底的にやりますから。私が必ず株主代表訴訟を起こす。そのつもりでいてください」。

「俺、どんどん過激になってくるというか」と河合が言う。「でも、アップせざるをえないんだよ」。

当然、「バブルまみれだったアンタがよく言うよ」という声が上がるだろう。河合はこう答える。

「僕は資本主義の泡を食うだけでいいのか、自問自答してここにいる。それが悪いか。そう言うあなたは今、何をやっているんですか」  

そう言い切る覚悟がある。自分の終末について河合の判断基準は極めて厳しい。成果はどうあれ、一生懸命やればそれ自体価値があるという見方があるが、河合は違う。

「原発を全部止め、全部なくさなければ、僕の人生、成功とはいえない、と思い定めている。道半ばで死んだらダメ。無念のうちに死にたくない」

「俗」と正義に両足を置く河合にすれば、正義は天空にとどまるものではなく、この現世(=俗)で実現させねば満足できないのだ。俗と正義との核融合。河合の馬力の根源が、これである。

=敬称略=

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