工業製品の試作を容易にするデジタル技術。京都にその最先端を行くベンチャーがある。率いるのは山あり谷ありの起業家だ。

 

ひと烈風録|クロスエフェクト社長 竹田正俊[後編]

ドラッカー勉強会を40回。原理原則をたたき込まれた

ドラッカー経営学を信奉する。使命とは何かをつねに自問する。愚直さと軽妙さを併せ持つ経営者だ(ジャーナリスト:井上久男、撮影:尾形文繁)

そんなとき、竹田は新聞記事で、京都の中小企業のバーチャルな連合体で新規顧客の開拓などを行う「京都試作ネット」が発足したことを知り、「これだ!という直感がひらめいて」、初代の代表理事だった薄板金属加工の最上インクス社長(現相談役)鈴木三朗(66)を訪ねた。「そこで2時間、鈴木さんと話した。いい意味での説教だったが、鈴木さんとの出会いが私の人生を変えた」。

鈴木はこう振り返る。「前向きで元気というのが第一印象。京都試作ネットに入りたいと言ってきたが、3年間は新しい会員を入れない方針だったので断った。しかし、歳を聞いたら私の息子の滋朗(現社長)と同じで、境遇も似ている。そこで私から、一緒にドラッカーのことを勉強してはどうかと勧めた」。そもそも京都試作ネットは、京都機械金属中小企業青年連絡会メンバーが米国の経営学者、ピーター・ドラッカーの考えを学ぶために集まったことが始まりだった。

竹田と滋朗はすぐに意気投合して、平日の終業後、毎月1回、クロスエフェクトの会議室に外部講師を招いてドラッカー経営を学んだ。40カ月続いた。そこで経営者の使命とは何かとことんたたき込まれた。学び始めた頃、講師から竹田君の使命は何ですかと聞かれ、「利潤の追求」と答えた。すると講師は、「君の父母は、金儲けさせるために君を生んだのではない。自分の命は社会のために使いなさい」としかった。

竹田はすぐにはその意味がわからなかったが、学び続けるうちに、会社のミッションとは何かを強く意識するようになった。「経営の原理原則を学ばないで、会社を経営すると潰す。ドラッカーを学んでいなかったら、クロスエフェクトはとっくに倒産していた」。

京都試作ネットが04年に新規会員を募集し始めると、竹田は真っ先に入会を申し込み、認められた。「竹田君は人たらしなので、年上の社長連中にかわいがられ、さまざまなことを吸収していった」と鈴木は言う。

クロスエフェクトの京都での認知度も高まり、仕事が増え始めた矢先の08年春、竹田を突然の不幸が襲った。それは父の交通事故死だった。「悲しみというよりも、おやじの会社、どないすんねん」という気持ちが先に来た。三洋電機の経営悪化とともに、直近2年で計2億円の赤字、負債が7億円以上もあった。そして問題は、クロスエフェクトと父の会社が相互に連帯保証していたことだった。「おやじがいなくなれば、おやじの会社は潰れる。そうなれば、自分の会社の倒産も免れない。苦渋の決断で3カ月後に約80人の従業員を全員解雇、廃業を決めました」。

その後、約1年間は土地や資産を売って債務を返済するなどの残務処理に追われ、クロスエフェクトの仕事は創業メンバーに任せた。「不謹慎な言い方かもしれないが、おやじの突然の死は、経営者として成長する最高のチャンスを与えてくれた」と竹田は言う。大手銀行はすぐに貸し剥がしに来たが、地元の京都信用金庫は支援してくれた。さまざまな人生模様も見た。そして、ドラッカー経営が自分の身についたと思えるようになったのも父の死後だった。

最初は断った心臓模型。2度目で気づいた

竹田には忘れられない判断ミスがある。ドラッカー経営ではよく、「変な客こそ本命」という考え方が取り上げられる。これは、思いもしなかった市場で、思いもしなかった顧客が、思いもしなかった目的のために、自社の技術やサービスなどを買ってくれ、「予期せぬ成功」を招くという意味である。しかし、竹田は赤ちゃんの心臓模型に関しては、最初の「変な客」を見逃してしまった。

それは05年、当時、京都府立医科大学に勤務していた医師の白石から心臓模型の製作を依頼されたときのことだ。

「『おカネはないが人命のためにやってくれ』と言われ、ややこしい仕事を受けたら、うちの現場に迷惑かけると思って断ってしまった。ドラッカーの言っていたことを心底理解してはいなかったわけです」

09年、再び白石から依頼を受けた際には、「これは、すぐには儲からないかもしれないが、われわれの使命だと感じられる事業と気づいた」。

現在では小児の心臓模型だけでなく、成人用も作る。標準タイプで医学部などでの教育用に使われる商品の名「XC‐01T」(20万8000円)のTはTakedaの頭文字を取った。造影剤を大量投入すると体が燃えるような感じになり、被ばく量も増えることから、竹田自らが「実験台」となった製品だ。

子どもの命を救える可能性がある事業として、クロスエフェクトの心臓シミュレーターは13年、第5回ものづくり日本大賞・内閣総理大臣賞を受賞した。これにより、クロスエフェクトの名や技術力は世間に広まった。

師匠である鈴木三朗は、「心臓模型の事業は社会の課題を解決するもので、ドラッカーの考えとも合致する。竹田君は力があるのだから世界の企業が開発や試作のために京都に集まるような仕組みも考えてほしい」とエールを送る。

竹田は現在、3代目の京都試作ネットの代表理事。鈴木のエールに応えようと動いている。8月3日には、試作ネットの会員の一部などが出資する「ダルマ テック ラボ」が設立され、クロスエフェクトも出資、竹田が役員として入る予定。この会社は、ものづくりのベンチャー企業を世界から京都に集めることを狙う。米国では「スマートウォッチ」の会社などハードウエアベンチャーが台頭し、米国で設計して中国で試作するパターンが主だが、量産化の段階でコストがかかりすぎて失敗するケースも散見されている。要は展示会向けの試作は容易にできても、設計や生産手法が変化する量産化試作になると、中国ではうまく対応できないのだ。

ベンチャーキャピタルのサンブリッジグローバルベンチャーズのマネジャーで、新会社の初代社長となる牧野成将が説明する。「展示用試作と、次のステップの量産化試作の間には壁がある。京都試作ネットのような組織はその強みを生かして量産化試作にも対応できる。そうとなれば京都に世界から有望ベンチャーが集まってくる」。

竹田も語る。「世界の製造業では、IoT(インターネット・オブ・シングス)など新たな動きが起きており、こうした会社に参加することで世界の最新情報が得られると考えた。京都試作ネットの若手メンバーの教育と底上げにもなる」。竹田には、京都を先端的なものづくりの世界的な集積地にしたいとの野心もある。「大量生産は一種の依存症です。頼っていたら大企業の下請けから抜けられなくなる。京都をシリコンバレーのような、若い人があこがれる地域にしたい」。

国立循環器病研究センターで恩人でもある白石公・小児循環器部長と打ち合わせ。(撮影:ヒラオカスタジオ)

社員に最高の環境を。「滑り台のある会社」建設真っただ中

竹田にはもう一人「師匠」がいる。京都試作ネット2代目代表理事を務めた、精密部品加工などを手掛けるヒルトップ副社長の山本昌作(60)だ。「私は自社で技術を磨いて自社で市場を創造していく製造サービス業を目指している」が持論だ。かつては大手自動車メーカーの下請けだったが、それをやめた。

竹田は言った、「山本さんのところだけ業績が伸びて、チャンスが来ているのはずるい」。山本はこう返した。「チャンスは平等。それをつかもうとする努力をするかどうかの違いだけだ。自分でつかめ。中小企業だから本社は質素でいいという考えは、親会社の意向を気にする下請けの発想。しかし、優秀な社員を採用し、多くの顧客にも来てもらおうと思えば、インフラとしての本社は重要だ」。ヒルトップは派手な本社が観光名所にもなっているほどだ。

そして、「本社を建てればブレークするぞ」と竹田にアドバイスした。竹田も触発された。今年11月の完成を目指して、新本社を建てることを決めた。名付けて「ドリームファクトリープロジェクト」。竹田は、「会社は自分の命を使うところ。人生の大半を費やす。環境が最悪では申し訳ない。今は狭くて迷惑かけている。最高の環境で最高のものづくりをやってほしい」と説明する。

社内のデザイナーからは「グーグルなどの本社には滑り台がある。うちもそれを作ってください」との要望が出た。経営者の立場からすると、できるだけ空間を効率的に使って設備もそろえたいところだったが、さらに「創造的な空間がないとデザインできません。テラスやカフェも作ってください」といった要望まで出た。竹田はすべてのんだ。「滑り台を作る会社がなかったので、ステンレスのお風呂を作っている会社に依頼した」。投資額は5億円。資金はすべて借り入れた。33年ローンだ。当然、ビジネス拡大ももくろむ。20年に売上高10億円、社員も70人程度に増やす計画だ。

ただ、規模の拡大につれ、新たな課題も生じている。それは人材育成だ。創業時代から取引する、歯科用医療器械などのモリタ製作所・周辺機器開発部副主査の大川真一は、「今までは創業の勢いと志でがむしゃらに走ってきて好感が持てたが、その勢いや志が若い社員にうまく伝わっていない。成長力が少し鈍化しているかな」と危惧する。竹田と大川は、共に大学生時代にアルバイト先のステーキ屋で知り合って以来の付き合い。大川は手厳しい意見を言う。

竹田は大川の指摘をこう受け止めた。「阪神ファンは阪神を愛しているがゆえに厳しいからなあ。社員には経験を積ませるしかない」。

そして危機感を募らせる。「批判もしっかり受け止めながら、顧客の思いを素早く形にしていくというわれわれの付加価値を磨いていかないといけない」。そのためには伝統を崩すなと言われるくらいに仕事の仕方も変えていく覚悟だ。

経営者としてもっと成長した姿を父にも見せたかった──。これから竹田に襲いかかってくる正念場を乗り越えて、その思いは達成される。

=敬称略=

>>ひと烈風録|クロスエフェクト社長 竹田正俊[前編]