工業製品の試作を容易にするデジタル技術。京都にその最先端を行くベンチャーがある。率いるのは山あり谷ありの起業家だ

 

ひと烈風録|クロスエフェクト社長 竹田正俊[前編]

超精密の心臓模型で脚光 41歳起業家の3D革命

前向きな人柄と周囲から評される。製品の心臓模型を前に、面白いエピソードを交じえながらビジネスを語る(撮影ジャーナリスト:井上久男、撮影:尾形文繁、ヒラオカスタジオ)

現在約1300社の顧客を抱え、ありとあらゆる工業製品を試作するベンチャー企業がある。作るものは、脈波センサーや血糖測定装置などの医療関係のものからリモコン類までさまざまだ。宇宙飛行士の若田光一と会話したロボット「キロボ」や、パナソニックの乾電池を用いたロボット「エボルタ」の試作品も作った。試作対応はスピードが不可欠。対応の可否は24時間以内に返答する。

この企業は京都市に本社を構える「クロスエフェクト」だ。資本金1000万円、社員26人、売上高約3億円。本社の外見も「ガレージ起業」風で、お世辞にも立派とはいえない。

そんな吹けば飛ぶような会社が今、社会から注目を集め始めている。持ち前の試作技術を使い、赤ちゃんの心臓を実際の肉質に近いポリウレタン樹脂を用いて実物大で再現し、それを100人に1人はあるといわれる小児先天性心疾患の治療に役立てようとするプロジェクトに、国立循環器病研究センターと連携して取り組んでいるからだ。

赤ちゃんの心臓は大人の拳の4分の1程度の大きさで、重さは約20グラム。クロスエフェクトは、個々の赤ちゃんの心臓の血管、心房・心室の内側の細かい構造まで再現できる技術を持つ。心房・心室の壁に穴が開いている病気でも、その小さな穴を実物大で再現できる。手術を確実に成功させるため、医師が手術前のシミュレーションに活用している。

厚生労働省の医療機器開発推進研究事業として、このプロジェクトを束ねる同センター医師で小児循環器部長の白石公は説明する。

「手術の巧い医師ほど、手術のバリエーションが事前に頭の中に多く入っており、想定外のことが起こっても素早く対応できるが、そうした卓越した技術を持つ医師が減少している。若い医師に経験を積んでもらうためにも、心臓シミュレーターの技術開発は、医学と工業が連携しながら進めていくべき重要な課題。すでに使用した医師からは手術の時間が短縮されたとの感想をもらっているが、材質の進化などまだ課題はある」 社長の竹田正俊(たけだ・まさとし)は言う。

「心疾患の子どもを抱える親から手紙をいただくこともあるが、どなたも『私の子どもを救ってください』とは書いていない。『多くの子どもの病気が助かるように技術を磨いてほしい』と書かれていることが多く、それに心を打たれ、自社の使命だと思って挑戦している」

「医療機器として認定され、近い将来には健康保険の対象となるように頑張りたい。3D(立体)プリンターを使って心臓を作る技術を持つ会社は増えたが、臨床試験に取り組んでいるのはうちだけ」と胸を張る。

竹田の口からは、「使命(ミッション)」という言葉がよく出てくる。「使命感」が竹田を事業に駆り立てる大きな推進力となっている。しかし、それは起業当初からあったわけではない。苦労と、それを克服するための学びという循環により醸成されたものだ。

「米国流」に感激。おやじの会社は継がない、と伝えた

竹田は京都市内で生まれ育った。父は主に三洋電機の下請けとして、携帯電話の部品などを製造したり、自動車部品メーカー向けに内装部品を納入したりする町工場を経営していた。父によく工場へ連れていかれたことから、「物心つく頃からものづくりに興味を持ち、ワンマン経営の父の姿を見て、社長はかっこいいと思っていた」と竹田は振り返る。

「高校生の頃に『自分も商売がしたい』と父に伝えたところ、『おまえには無理。人を動かしておカネをもらうことは面白いが、人を思いどおりに動かすのは世の中でいちばん難しいぞ』と言われました」

立命館大学経済学部を卒業後、1996年から4年間、米国シリコンバレーのコミュニティカレッジに留学した。米国が好きだったことと、経営者になる勉強をしようと思ったからだった。講義で教わったことで今でも印象に残っている言葉がある。「大企業の一員になるよりも、街角の花屋さんのほうがよっぽど自立した人生が送れる。自立のためにはビジネスを起こしなさい。そして、起業家が育たない国は亡びます」。

竹田はその教育に感化されて帰国する。「父がやっていた労働集約型の大量生産モデルは、いずれ日本から消える可能性が高い。生意気にも会社は継がない、と伝えた。脳みそが汗をかくビジネスを起業したかった」。

そう伝えたとき、父はこうアドバイスをくれたそうだ。「大量生産が嫌だったら、開発などの上流工程で何かやってみろ。生産の下流工程は俺が受け持つ。親子で一気通貫でできればいいではないか」。

竹田は00年、京都市内でマンションの一室を借り、3D(立体)CADを使ったデータサービスを個人事業として始めた。これがクロスエフェクトの前身である。従業員も募集した。その頃合流したのが、現専務の畑中克宣(45)と取締役の常和伸一(41)だ。この3人が創業メンバーとなり、竹田が600万円、畑中と常和が200万円ずつ出資、翌年に法人登記した。竹田は「責任を感じてもらうために二人には無理やり出資させた」と話す。

当時を畑中はこう振り返る。「JR山科駅近くのオムライス屋で採用面接でした。いきなりカーナビの図面を見せられ『3Dデータにするのに何日かかる?』と聞かれたので、2日でできると答えたら『プロでも5日かかるよ』と言われ、即採用が決まりました」。

畑中は大学を出て、トラック関連の企業に技術者として勤務していた関係で、当時では珍しい3D CAD技術を使えた。しかし、日産車体向けの仕事が激減したことで希望退職を募られ、ハローワークで求職していたときに竹田の求人に応募した。「会社として形ができていないところに魅力を感じて入社しました」。

そして、すぐに竹田は主力となる光造形の事業を開始する。光造形とは「3Dプリンター」のことで、紫外線を照射すれば固まる材料を使って、3Dデータを寸分の狂いなく再現する工法のことである。冒頭で述べた小児心臓の模型もこの技術を活用している。3Dデータを輪切りにするイメージで薄い層を重ねながら作っていくため、「積層造形」とも呼ばれる。この技術を使えば、金型を使わずに済み、コスト削減や顧客の要求に素早く対応することができた。

「当時はまだ3Dプリンターの技術は珍しかったので、簡単なものでも1個試作すれば10万~20万円の売り上げになったが、単発の注文が多かった」と竹田は言う。

=敬称略=

(後編に続く)