それは町内会からの一本の電話で始まった。「お母さんの実家の土台が崩れて隣家に流れ込んでいる。何とかしてほしい」。

夏野清彦さん(仮名、50代)は都内に住む。土台が崩れたのは神奈川県横須賀市にある母の実家だった。実家は山地を切り開いた住宅地にあり、階段を使わなければ行き来できない。その実家が昨年10月、台風による大雨被害に遭ったのだ。

実家には祖父母が住んでいたが10年ほど前から空き家だった。夏野さんはこの家に住んだことはない。これまでは70代で自由の利かない母に代わり、草刈りに行く程度だった。

夏野さんが現地に向かったのは翌朝。傾いた家は高台にあるためショベルカーが入れず、すべて人の手で処理した。解体費用は締めて約600万円。通常の倍かかった。さらに壁の整備に200万円、隣家への補償にも約150万円を要した。幸い解体した家から残高150万円の預金通帳が発見され、市からも解体の助成金30万円が出たが、大きな出費であることに変わりはない。それを叔母一家と折半した。

当初は土地の売却も検討したが、母親には兄弟姉妹が4人いて、連絡の取れない親類もいる。驚いたのは自分の知らない“幻の長男”がいたことだ。20歳前に行方不明になり戸籍上死亡とされていたが、土地と建物の権利を共有したままだった。これでは売ろうにも簡単にはいかない。

壁を立て土を埋め戻し、ようやく工事が終わったのは先月のこと。その間、横須賀との間を10回以上往復した。夏野さんは「最初の頃は会社を休んで奔走した。とにかく周りに迷惑をかけなければいい。今はほっとしている」と振り返る。