すずき・としふみ●1932年長野県生まれ。56年中央大学経済学部卒業。63年東販を退社しイトーヨーカ堂に入社。68年人事部兼宣伝部兼広報担当総括マネジャー、77年常務を経て、78年セブン‐イレブン・ジャパン社長(現会長)、92年イトーヨーカ堂社長。

こんなはずじゃなかった──。

イトーヨーカ堂への入社が決まって、制服の寸法合わせに行くと、ぎしぎし鳴る階段の隣の応接室に通された。それっきり音さたがない。二時間たち、三時間たって、鈴木敏文はやっと女性社員に声をかけた。どうなっているんでしょうか。「あ、すいません。忘れてました」。えらいところに入ってしまった。

前の職場の東販(現トーハン)を辞めるとき、労組書記長だった鈴木の送別会には、執行委員30人が一人も欠けずに集まった。最後は「この高殿に昇るかな」の大合唱。大の大人たちが男泣きに泣いた。書記長として鈴木は改革論を会社側にぶつけていた。組合仲間は「鈴木は犠牲になって都落ちする」と思い込んでいたのである。「事実」は違う。

東販で『新刊ニュース』の編集を任されていた鈴木は、梶山季之門下のトップ屋集団やTVディレクターとつきあううちに、独立プロダクションを作りたいという夢を持った。しかし、先立つものがない。頭に浮かんだのが、ヨーカ堂である。