「大丈夫だ。シャープは間違いなく買収できる」。鴻海精密工業のテリー・ゴウ(郭台銘(かくたいめい))董事長(会長)は、展望を案じる側近に笑顔でこう断言した。2015年12月末ごろのことである。

同月初めごろ、官民ファンドの産業革新機構がシャープに対して正式に出資提案を行い、多くのメディアも革新機構案が有力と伝えていた。12年からシャープへの出資機会を模索し続けてきたゴウ氏はまなじりを決したに違いない。この時期、ゴウ氏は側近中の側近で日本語が堪能な戴正呉董事(取締役)を伴い、複数回来日している。目的はシャープ買収のキャスティングボートを握るのは結局誰なのか、を探ることだ。

[図1]
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今年2月5日。ゴウ氏は大阪のシャープ本社前で「優先交渉権を得た」と宣言した。この権利は通常、売り手が交渉を着実に進めるため、2週間程度だけ買い手候補に与える。だが鴻海は実のところ、優先交渉権を得ていなかった。買収交渉にはブラフが付きもの。とはいえメディアの面前で大ハッタリをかまし、直後に相手から「優先交渉権を与えた事実はない」と全面否定されるのはいただけない。それでもゴウ氏は「シャープを多少刺激しても交渉は頓挫しない」と踏んだはずだ。12月の来日で、真の意思決定者をとらえた自信があったからだ。この日、関西国際空港から民間機で離日する直前、ゴウ氏はヒントを残していった。「銀行には一銭たりとも損をさせない」。