これまでの孫正義は破壊者、だった。2001年にADSL(非対称デジタル加入者線)のヤフーBBを開始。NTTの通信料がわずか2MB(メガバイト)で月額8000円弱もした頃、容量4倍の8MBで約4分の1の同2280円で殴り込みをかけた。安さを武器に、「10日で100万人くらいが加入した」(ソフトバンクグループ幹部)。

数年後に日本テレコムを買収。そして英ボーダフォンの日本法人を買収し携帯電話事業に参入すると、孫は破壊者の本領をいよいよ発揮する。象徴的だったのが、07年に始めた「ホワイトプラン」だ。ソフトバンクのユーザー同士なら通話無料の料金体系で、ARPU(1契約当たりの月間平均収入)を大きく落としながらも契約者を急激に伸ばした。

08年には、iPhoneの独占販売契約でユーザーを爆発的に増やした。孫はシェア6割弱(01年度当時)のNTTドコモの牙城を大きく突き崩し、今日の携帯3強時代を築き上げた。ソフトバンクの時価総額は13年にドコモを上回ったほどだ。