ディーゼル車の排ガス不正問題に揺れるフォルクスワーゲン(VW)。その中身は、強烈なヒエラルキー構造で成り立っていた。下が上に物言えぬ社風が不正の遠因だともいわれる。

ピラミッドの頂点に長きにわたり君臨したのが、今年4月までVWの監査役会会長を務めたフェルディナント・ピエヒだ。彼が掲げる目標はすべて必達のものであり、「実現できなければ、その処遇は情け容赦なかった」(ドイツ企業に詳しい横浜国立大学名誉教授の吉森賢)という。

そんな“独裁者”ピエヒは、いかにしてドイツ最大の企業を自分の手中に収めたのか。

1937年、ピエヒはオーストリア・ウィーンで生まれた。祖父は、ヒトラーが構想を描いた「国民車」を設計した伝説的な自動車技術者、フェルディナント・ポルシェ博士。ポルシェ博士が築いた繁栄を、長男の一族(ポルシェ家)と長女の一族(ピエヒ家)が受け継いだ。

ポルシェ・ピエヒ一族は、博士が設立した高級車メーカー・ポルシェ社のオーナーであり、60年代、その多くは同社の幹部に就いていた。だが新型車の開発方針でピエヒやそのいとこたちが対立。後継者争いにも発展し、一族は大混乱に陥る。結局、71年には一族が身を退き、現場の経営は一族外に任せることにした。