9月7日、集中協議の最終会合に臨む安倍晋三首相と沖縄県の翁長雄志知事(右端)(時事)

沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古の新基地建設問題について、政府と沖縄県は8月10日から1カ月、建設工事の中断期間を設け、集中協議を計5回実施したが、議論は平行線のままで決裂に終わった。

9月7日、首相官邸で行われた5回目の集中協議で、菅義偉官房長官は協議期間終了後の辺野古での移設作業について、沖縄県の翁長雄志知事に、県が実施中の潜水調査が終わり次第、再開すると告げた。それに対して、翁長知事は「全力を挙げ、あらゆる手段で阻止」と宣告した。

経緯をたどると、1995年9月に沖縄で発生した米軍海兵隊員による少女暴行事件で反基地感情が高まったのがきっかけだった。96年4月、当時の橋本龍太郎首相が人口密集地にある普天間飛行場の撤廃を決意し、米側がそれに応じる。同月にウォルター・モンデール駐日米大使(当時)と全面返還で合意した。

だが、移設先や新基地建設をめぐって、歴代政権の下で迷走が続く。決着がつかず、20年が経過した。