スウェーデンのカロリンスカ研究所は10月1日、今年のノーベル医学・生理学賞を、免疫システムを用いたがん療法で画期的手法を開発した米テキサス大のジェームズ・アリソン教授と京都大学の本庶佑(ほんじょ たすく)・特別教授に授与すると発表した。本庶氏の研究はどれだけ画期的なのか。以下、2015年7月18日号「クスリ最前線」から「がん免疫療法」について深掘りした記事を紹介する。
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2015年5月末から6月頭にかけてシカゴで開催された、米国臨床腫瘍(しゅよう)学会(ASCO)年次総会。世界中の医師やがん研究者が集うこのイベントは、がん免疫療法の話題で持ちきりだった。がん免疫療法の講演は、用意された副会場まであふれるほどの盛況。それ以外の抗がん剤はすっかり存在感を失っていた。ある参加者は「医師がこんなに興奮しているのを見たことがない」と驚く。

がん免疫療法フィーバーの起こりは、3年前の2012年のASCO年次総会にさかのぼる。このとき、皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)、非小細胞肺がん、腎細胞がんの末期患者において、「PD-1」というタンパク質に着目した新規の免疫療法ががんを小さくする効果が報告された。それが医療関係者の目に留まったのだ。

それから2年。14年9月、悪性黒色腫を対象とする世界初の抗PD-1抗体薬「ニボルマブ(製品名オプジーボ)」が国内で発売された。開発したのは、大阪の中堅製薬会社・小野薬品工業と米ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)。開発期間中、オプジーボに関して良好な臨床試験結果が発表されるたびに小野薬品の株価は急騰した。現在、非小細胞肺がん、頭頸部がん、胃がんなど20以上のがん種にオプジーボの適応症を拡大すべく、世界中で臨床試験を進めている(図表1)。

[図表1]
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オプジーボは、これまでの抗がん剤や分子標的薬による化学療法とはまったく異なる効き方をする。もう治療手段がなくなってしまったような末期患者においても、腫瘍がほとんど消失し、年単位で生存する患者が現れるのだ(図表2)。

[図表2]
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がん細胞を直接攻撃する従来の化学療法では、がん細胞が自ら変化して薬剤への耐性を獲得してしまうため、患者を数カ月生き永らえさせるのが精いっぱいだった。国立がん研究センター東病院乳腺・腫瘍内科の向井博文医長は、「これまでは寿命を本質的に延ばせてはいなかった。免疫療法により、ロングテールで生きる人が出たのは大きい」と話す。

薬によるがんの治癒も視野に入るような効果が出た背景には、オプジーボの画期的な作用メカニズムがある。がん細胞によってかけられている免疫のブレーキを解除し、人が本来持っている免疫を働かせる。これにより、免疫の力でがん細胞を攻撃し、死滅させるというものだ。

ブレーキがかかるのは、免疫細胞であるT細胞の表面のタンパク質PD-1と、がん細胞の表面のタンパク質PD-L1が結合したとき。抗PD-1抗体薬オプジーボは、PD-1に作用してPD-L1との結合を防ぎ、がん細胞がブレーキをかけられないようにする。すると、T細胞が本来の力を取り戻し、がんを攻撃できるようになる(図表3)。

[図表3]
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これまでがんの免疫療法は効果の定まらない民間療法も多く、キワモノ扱いされてきた。効果が定まらない理由を医学的に説明すれば、ブレーキ解除のないまま免疫を活性化しようとしていたためだった。「免疫チェックポイント」と呼ばれる免疫のブレーキのメカニズムがわかったことで、免疫療法が手術、化学療法、放射線治療に次ぐ第4の治療法として再浮上することになった。

もちろん、免疫薬による治療にはいくつかの注意点がある。一つは治療効果が表れるまでには数カ月かかること。最初のうちは、がん細胞にT細胞が集まることによって腫瘍が大きくなっているように見えることがあるが、進行したわけではない。

治療効果が表れ始めるのと同時期に、副作用も出ることがある。免疫が自分の体まで攻撃してしまう、自己免疫疾患が中心。具体的には、皮膚障害、甲状腺疾患(バセドウ病、甲状腺機能低下症)、下垂体機能低下症、肝機能障害などだ。従来の抗がん剤のような悪心や嘔吐、脱毛とも、分子標的薬のアレルギーなどとも異なっている。

最大の課題は、どういう人にどれだけ効くかがまだ明確ではないことだ。オプジーボの悪性黒色腫対象の国内臨床試験で、腫瘍が7割以下に縮小したのは35人中8人。ほかの固形がんでも、治療効果が見られるのは3~4割にとどまる。一方、血液がんのホジキンリンパ腫では、9割近い患者に効果があった。

効くがん、効かないがん DNA修復機構に差

この個人差を何が決めているのか、まだ明らかになっていない。オプジーボはがん細胞上にPD-L1が多く発現しているほど効きやすいと考えられているが、どのくらい存在すれば「陽性」として薬の効果が期待できるのかは、今後の臨床試験で確かめる必要がある。

ただ、米メルクが開発中のオプジーボと同じメカニズムの薬「キートルーダ」について、治療効果の予想精度が非常に高いバイオマーカー(指標)が見つかった。その指標は、DNA(デオキシリボ核酸)の変異を修復する機構の一つ、「ミスマッチ修復」。臨床試験では、ミスマッチ修復機構がない大腸がんでは6割で腫瘍が縮小したが、ミスマッチ修復機構がある大腸がんでは治療効果が認められなかった。

この結果は、修復機構が十分働かず、DNAに変異がたくさん残っている“異物度”が高いがんにほど、免疫療法がよく効くことを示唆している。「外界にさらされていて変異が多い肺がん、皮膚がん、あるいはもともと変異が多いトリプルネガティブ乳がんは免疫療法が効きやすいと考えられる。一方、胃がんや大腸がんは体の中で守られているため、変異が少なく、比較的効きにくいのではないか」(向井医長)。

今出ている臨床試験の結果は、ほとんどが手術や既存の薬が効かない末期がん患者が対象。オプジーボも、悪性黒色腫のサードラインといわれる3番目の打ち手として使うことになっている。

だが、一般にがん治療は、がんが小さく、転移数が少なく、患者の状態がいいほど効果がある。今後、早期の患者で免疫薬が使えるようになれば、より高い治療効果が得られる可能性がある。

ある程度がん種が限られたとしても、自己の免疫を使ってがん細胞を攻撃するという作用機序からして、従来の抗がん剤とは比べものにならないほどその範囲は広いと思われる。さらにがん免疫薬同士を併用すれば、より高い治療効果が得られるというデータもある。免疫療法に対する期待は高まるばかりだ。