──「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)を立ち上げて17年です。

コピーの仕事をこのまま続けても嫌だなと思ったのがきっかけで、インターネットで何か発信したい、ネットの世界で自分のための遊び場を作りたいと思いました。最初はミッションもビジョンもなかった。

広告やメディアの世界における価値基準がわからなくなったんですよね。コピーライターとしての後半の仕事に、「安い、安い、安い、安いばかりでいいのかしら」というのがあるんですけど。安く売れば人が買う時代になったときに、広告は「安い」ことに負けてしまう。全部が表層的な経済価値だけで動くのだとしたら、結局、損か得かというすごく浅いところだけで決まってしまうなと。

ものを作るときのコンセプトであるとか、プロセスであるとか、思いであるとか、そういうものが不要になってくると、自分の仕事場がなくなるなと思った。でも、そういった思いをネットで文章にしたら、「私もそう思います」という人に届く。そっちのほうが面白かった。