ナショナリズムには一義的な訳語がない。それはなぜか。

ナショナリズムについて語るときは、「ネーション」のことを考えなければならない。だが、そもそもネーションを訳そうとしても適切な日本語がない。

国家でも国民でも民族でも可能であり、そしてそのどれもが不十分である。ネーションが訳せないからナショナリズムも訳せない。ナショナリズムとは、あえていえばネーション主義なのである。

ネーションへの希求が世界で生まれる理由

日本語に訳せないが、日本は典型的なネーションである。国家としても国民としても民族としても、日本はネーションをわかりやすく形成している。多くの日本人にとって、日本はあまりに自明であり、自覚的に概念として把握されないのだ。

しかし、このような特徴は世界では決して一般的ではない。典型的なネーションは、実は例外的な事例なのである。今日の世界には多くのネーションがあるが、それは通常、自明のものではない。自明のものではなく追い求めて自らつかみ取るものだから、強烈なこだわりがそこに込められる。