「人質殺害はイスラム法的に合法」という見解に付き合う必要はない。普遍化されている人権の観点から、事件を考えるべきだ(時事)

過激組織「イスラム国」による日本人人質殺害事件は、「イスラム国」の問題が遠い中東の出来事でないことを皮膚感覚で日本国民に認識させた。こういう事件があると、地域事情の専門家や宗教専門家が、テレビや雑誌でコメントをするが的外れなものが多い。その理由は、大きく分けて二つになる。

第1は、国際関係、国際法、さらに軍事やインテリジェンスに関する基本常識が欠けているために、頓珍漢なコメントになる事例だ。この場合は、当該分野の専門家と共同作業を行えば、地域事情や宗教の専門家の見解を全体情勢の中に適切に織り込むことができる。

第2は、トルコ、パレスチナなど自分が研究する地域に対する過剰な思い入れ、あるいは自らがイスラム教徒であるために、認識が歪んでしまう事例だ。この場合、本人は「自分の見方が絶対に正しい」と信じ込んでいるので、矯正が不可能だ。こういう人たちのコメントについては、日本の社会の常識に照らして判断すればよい。「イスラム国」による欧米人や日本人の人質の殺害について、「イスラム法的に合法」などという見解に日本国民が付き合う必要はない。また、異教徒の女性を奴隷にすることを正当化するような見解についても、現在の国際社会で普遍化されている人権の観点から判断すべきだと筆者は考える。