80歳のときに勝手な理屈を立てて、一方的にお盆、年の暮れ、新年のごあいさつなどをやめさせていただいた。にもかかわらず、ご好意をお送りくださる方がいらっしゃる。お返しするのも失礼なので、近作の扉にお名前とこっちの名を記してお届けしている。先日ようやく年賀状へのお礼が終わった。

この仕事でいちばん悩むのが相手への敬称だ。殿、様、先生、学兄、学姉、大兄、恭兄、恭姉、尊師(お坊さん)などたくさんある。が、原則として殿は使わない。何となく官僚主義のにおいがするからだ。過去の経歴から今でも公務員への研修を頼まれる(自治大学校、税務大学校、自治体など)。このとき、「行政の文化化というのは文化行政を行うことではない。住民(国民)に出す文書(徴税令書など)を殿宛てにしないことだ。すべて様にすべきだ」などと話す。本能的に殿宛てが嫌いなのだ。が、それでは「様」が主体になるかといえば、必ずしもそうではない。みんな「様」にしてしまうと、どこか事務的でこちらの感謝の気持ちが薄れる気がする。

そこで多用するのが学兄と学姉だ。編集者宛てはほとんどこの二つだ。私は編集者と書き手の関係を、“競馬の調教師と競走馬”だと思っている。厩舎は出版社や新聞社、放送局である。もちろん名調教師やそうでない調教師もいる。餌もいろいろだ。しかし馬の身でいちいちそんなことはいえない。どうしても譲れないことは別だが、私は原則として調教師の意見を尊重する。事実、学ぶことも多い。だから男性なら学兄、女性なら学姉。年齢は関係ない。年下でも学弟、学妹とは書かない。

かつての勤め先で一緒だった連中の大部分には、恭兄、大兄、恭姉などと書く。大姉は使わない。女性の最高の戒名になるからだ。この宛名にいちばん親愛感がこもる。部下だった人々には最もふさわしい。ちなみに私は在職中、“部下”という呼称を嫌った。“仕事の仲間”と言っていた。だから恭兄、恭姉がいちばん“らしい”のである。これも年下だからといって恭弟、恭妹とは書かない。退職してすでに36年も経つのに、まだ年賀状をくれるその心根はまさに、私にとってはアニさんでありアネさんだからである。

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