筆者が最も信頼する評論家である池上彰氏。高度の批判力で、説得力のある評論を続ける(撮影:今井康一)

読者から「佐藤さんが、評論家でいちばん信頼しているのは誰ですか」という質問を受けることがよくある。筆者は、躊躇なく「池上彰さんです」と答える。池上氏は、評論家であるという自己規定をしていない。肩書はつねにジャーナリストだ。しかし、第三者的(すなわち客観的)に見た場合、池上氏は日本で最有力の評論家の一人である。

評論家にとって重要なことは、批判的に物事を観察することだ。ちなみに、明治期にドイツ語のKritik(クリティーク)の訳語に批判という言葉が充てられたが、この訳語にはミスリーディングなところがある。「あの人はあなたに批判的だ」と言うと、そこには否定的なニュアンスがある。しかし、ドイツ語のKritik、英語のcriticism、ロシア語のкритикаなどは、否定的ニュアンスを含まない場合もある。相手の主張を対象として認識し、それに対して何らかの評価を加えることがこれらの言葉の意味だ。相手の見解に全面的に賛成する場合もKritikに該当する。それだからKritikには「批判」以外にも、「批評」「評論」という訳語が充てられるのである。

もちろん、相手の見解を全面的に否定する批判もある。しかし、そのような批判はあまり多くない。なぜなら、否定的で意味がないと思う言説については、無視するのが知識人の標準的な対応だからだ。

人生の持ち時間には限りがある。くだらないことにかかわって時間を浪費するには及ばない。大多数の批判は、相手の言説を基本的に肯定的に評価し、「ただし、この点は事実に反している」「あの点については、追加的な説明をしたほうが趣旨が明解になる」というようなコメントを付していくことだ。

この意味で、池上氏は高度の批判力を持っている。池上氏は、まず、相手の意見を丁寧に最後まで聴く(書籍や雑誌論文ならば、偏見を持たずにまず精読する)。そのうえで、事実関係に反する点や論理的に破綻している部分について質問する。その質問に対する相手の反論を聴いて、それが納得のいくものかどうか判断する。そうした後で、相手の主張に同意できるかどうかを決める。テレビ番組においても池上氏はこの手続きを必ず取るので、視聴者に対する説得力を持つのだ。

筆者の見立てでは、池上氏の思考の鋳型には特徴がある。まず弁証法を巧みに駆使する能力があることと、そして思考の基礎に普遍主義を据えていることだ。