ジャパンバッシング(敵視)からパッシング(軽視)、ついにはナッシング(無視)へ──。米国の日本に対する態度の変遷を、大方の日本人はこのようにとらえているようだ。ただ、今も昔もこうした理解は正確ではない。確かにこの30年で米国における日本観は変化したが、その中身は複雑だ。

元駐日米国大使のマイク・マンスフィールドは30年前、「米日関係は世界で最も重要な、比類なき2国間関係だ」と語った。今日、そう考える米国人はまずいない。それどころか、米国の専門家の多くは、米中関係が最も今後を左右すると考えている。しかし中国の先行きには不確かな部分が多く、米国にとっては日本との協力関係を強めることが今まで以上に重要になっている。

日本がアジア太平洋地域の貿易、投資、安全保障関係において、重要かつ健全な役割を担えば、中国は秩序の攪乱要因ではなく「責任ある利害関係者」として国際社会の仲間入りを果たす可能性が高くなる。

ワシントンでも米国実業界においても、多くの人が日本を環太平洋経済連携協定(TPP)のメンバーに加えたがる理由の一つは、さまざまな多国間経済問題において米国と日本が同じ立場にいるからだ。さらに、日本が加わることにより、中国をはじめとした国々の加盟も誘発することが期待できる。

1980年代から90年代前半にかけての議論と比較すれば、現在の論調は大きく変わった。当時は「強すぎる日本経済が米国の脅威になっている」と声高に論じられていた。これはいわゆる日本異質論者(リビジョニスト)に限ったことではない。ヒステリックな議論の拡散はすさまじく、後にクリントン政権で財務長官となったローレンス・サマーズのような主流派エコノミストでさえ、89年の自著で「日本を頂点としたアジア経済連合が明らかに発展しつつある。現在米国人の大半が日本はソ連以上の脅威だと感じている」などと記していた。

日本異質論の隆盛と、クリントン大統領の1期目における強硬な対日姿勢は、貿易摩擦が生んだ一時的な産物だった。91年をピークに、米国の日本に対する貿易赤字は貿易赤字全体(石油輸入を除く)の半分を超え、その存在感は巨大だった(図表1)。自動車や電子機器といった米国の主要産業の多くが日本に制圧されるのではないかと心底恐れていた。