「600万台というキーワードについては、少し考えるところがある」。2014年11月に東京都内で行われた新型「レジェンド」の発表会。伊東孝紳・ホンダ社長はゆっくりとこう切り出した。

主力車種の「フィット」や「ヴェゼル」での相次ぐリコールについて陳謝したうえで、社長自身が12年に発表した中期経営計画(14~16年度)にも言及したのだ。

この計画では、全世界販売台数を16年度に当時の1.5倍の600万台以上にという目標がブチ上げられた。ただ、伊東社長は「順調ならそれぐらいの台数はいけると算段して考えた数字。数字が独り歩きしていた」と述べ、目標の達成より品質を優先する意向を強調した。

[図表1]
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09年に社長に就任した伊東氏。この6年間でいくつもの荒波に見舞われてきた。11年は3月の東日本大震災、10月のタイ洪水により1年間で2度の生産停止を経験。東日本大震災では、栃木県の4輪開発拠点に甚大な被害が出た。

軽自動車の開発陣を栃木から鈴鹿製作所(三重)に緊急避難させて、軽自動車「N-BOX」の開発を続行させた。新エンジンと新プラットホームを採用したNシリーズは好評を博し、ホンダの国内販売を底上げする存在となった。タイについては自ら現地入りし、半年での生産再開にこぎ着けた。

600万台発言は、平時に戻った12年秋の記者会見の場で飛び出した。それまでホンダが数値目標を対外的に掲げたことはなかったため、驚きを持って受け止められた。

この異例ともいえる数値目標発表に伊東社長を駆り立てたのは、韓国・現代自動車の急成長だ。

11年前、04年の世界販売台数はホンダが319万台、現代が307万台とほぼ拮抗していたが、12年には現代が671万台とホンダの倍近くに成長していた(図表2)。デザインのよさと安さ、多様な車種展開が新興国の消費者に受け入れられた結果だ。一方、ホンダは新興国でのシェアを伸ばせずにいた。