【今週の眼】齊藤 誠 一橋大学大学院教授
さいとう・まこと●1960年名古屋市生まれ。83年京都大学経済学部卒業、住友信託銀行入社。92年米マサチューセッツ工科大学Ph.D.。カナダ・ブリティッシュコロンビア大学経済学部助教授などを経て2001年から現職。専攻はマクロ経済学。近著に『震災復興の政治経済学』。(撮影:尾形文繁)

大学教育の国際化の要請は年々高まってきている。この国際化は“英語化”といってもよい。その背景には、日本経済の国際的な競争力を向上させるためには、個々人の高度な英語力が必要不可欠なのにもかかわらず、大学を含めた学校で学ぶ英語が「使い物にならない」という認識が社会に根強くあるからであろう。ここでは、大学教育の英語化のために私がささやかに試みていることを述べてみたい。

私は、毎朝、英字新聞2紙(ジャパン・タイムズとニューヨーク・タイムズ)を紙媒体で読んでいる。興味深い記事はその電子版をツイッターで紹介している。また、米国の公共ラジオNPRのウェブサイトからも、5分前後の番組を1本選び、同様にツイッターで知らせている。NPRの番組は音声と共にトランスクリプト(原稿)もアップされているので、音声を完全に聴き取れない学生でも内容を確認することができる。

私の演習を受けている学生は、毎日、スマホやタブレットからアクセスして記事や番組に接している。週に一度のゼミで、1週間分の記事や番組について日本語で議論する。

高校までの学校英語は、「話す」「書く」力にあまり効果がないが、「読む」「聴く」力にそれなりに効用がある。学生諸君は、読んだり聴いたりするものなら、けっこう高度な英語素材もこなせるのである。

英字紙やNPRで英米の良質なジャーナリズムにじかに触れた学生は、英語学習を超えて知的な喜びを味わっているのではないだろうか。学生に対して、大学入試のために一生懸命学んできた学校英語を「役に立たない」とけなすよりも、学校英語を生かすアイデアを教えることこそ、教育的な配慮だと思っている。