かやま・りか●立教大学現代心理学部教授。東京医科大学卒。豊富な臨床経験を生かした現代人の心の問題からサブカルチャー批評まで幅広く活躍。1960年生まれ。(撮影:今井康一)

安倍普三首相は「日本を取り戻す」ということをずっと主張している。だが、経済が回復して取り戻しているものよりも、失っていくもののほうが多いのでは、と精神科医として診察をしていて感じる。

診察では生活、経済的なことで苦しんでいる患者が実に多い。中小企業を経営していて商売が立ち行かなくなってしまい、経済問題から心を病んでしまう患者も少なくない。

そればかりか、診察代にも事欠くという人も増えている。以前はあまりなかったことだが、診察をして薬を出そうとすると「薬をジェネリックにして少しでも安くしてほしい」とか、薬価をすごく気にして「それはいくらになりますか」「もう少し安いものはないのですか」と深刻そうに問われるケースが増えている。

これは消費者の意識が高くなったというたぐいの話ではない。本当に払えないということ。患者さんを診ていると、よく言われている「格差の拡大」は実際問題として大変なのだな、と深く痛感する。

安倍首相がテレビに出演したときに、「中小企業は大変です」という街の声に対して、「これは選んで放送している」と反応していた。全体の景気はよくなっている、中小企業の人たちは本当のことを言っていない、と。これを見ていて私は「いや、そんなことはない」と思った。

安倍首相はいろいろな国に外交に行っていて、うわべだけ見ると日本は強い国、普通の国に思える。しかしアベノミクスを掲げながらマイナス成長だったり、ヘイトスピーチだったりなどが、世界から悪い意味で注目されている。日本は孤立していき、今の路線では立ち行かなくなるのでは、という気がする。東京オリンピックまでもたずに何かが変わるのではないか、と。

安倍首相の最近の様子を精神科医の目で見るとそうとう、精神的に追いつめられている感じだ。攻撃的・被害妄想的なばかりで、コミュニケーションが全然取れていない。テレビでキャスターに「特定秘密保護法もありますね」と水を向けられると、途端に「そういうのは野党が争点にすればいいんですよ」と、まるで「受けて立ちます」というような言い方をする。「自分に反対する者は敵だ」と、安倍首相と国民が対立する構図のようになってしまっていて、何かがおかしい。

テレビで石破茂地方創生相と1、2回ご一緒したことがある。私が「いろいろ言いすぎてすみませんね」と言うと、「いやいや、いろんな意見があっていいのですよ」と一応、聞く耳を持ってくれる。ところが安倍首相は、少しでも自分の意見と違うことを言ったり書いたりした人のことは、フェイスブックですごい勢いで否定する。

精神分析学では「投影性同一視」というものがある。たとえば、自分の中に不安があるときに、悪いのは自分ではなくてこの人だ、と外部に敵を作る行動をいう。日本の劣化はすべてこのメカニズムで説明できてしまうように思える。

政治・市民の両方から弱者が排除される