日本人移民の勝ち負け抗争 情報遮断以前に分断の芽 作家 葉真中 顕氏に聞く

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はまなか・あき 1976年生まれ。2013年『ロスト・ケア』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家デビュー。19年『凍てつく太陽』で大藪春彦賞および日本推理作家協会賞を受賞。他の著書に『絶叫』『コクーン』『Blue』『そして、海の泡になる』などがある。(撮影:今井康一)
灼熱
灼熱(葉真中 顕 著/新潮社/2860円/668ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
沖縄出身の比嘉勇は大阪での貧困生活に見切りをつけ、1934年、ブラジルに渡る。入植地で、祖父の代に移民している、同い年の南雲トキオと親友になるが、戦争の影響は南半球にも及び、2人の進む道は大きく違っていく。46〜47年、20人超の死者を出したブラジル勝ち負け抗争に材を取った長編小説ながら、そこには今日的なテーマが詰まっている。

現代の米議会占拠と酷似 人は信じたいことを信じる

──なぜ75年前の事件を?

ブラジルの日本人移民約20万人が、日本の敗戦を認めない、9割に及ぶ「勝ち組」と、敗戦を受け入れた「負け組」に分かれて争ったのが勝ち負け抗争で、主に勝ち組が負け組を襲ったテロは47年に鎮静化したものの、対立自体は50年代まで続きました。今でも当時分裂した日本人会が2つ残る都市があるくらいです。

私も勝ち組の存在は知っていたが、5年前にテロ実行犯の証言を聞き、多くの人が殺されたと知り衝撃を受けた。調べてみると現代に通じる話が多かったのです。

──主因は情報格差ですか。

まず、移民の意識が影響しています。主人公の勇のように、移民の多くはブラジルに出稼ぎ感覚で来ていて、目標は錦衣帰国、つまり故郷に錦を飾ること。入植地の生活は日本語で事足りるのでポルトガル語を覚える気はない。次に情報源の喪失。日米開戦で親米のブラジルは日本と断交、日本政府関係者は帰国してしまう。さらに、ブラジル政府が邦字紙を発禁とした。人々は日本の短波放送を頼るけれど、これは大本営発表を流すので、日本が敗勢とは思えない。一方、負け組はポルトガル語を解したり、ブラジル人の知人がいたりして客観的な情報を入手できた。ただ、これは表面的な理由で、分断の芽はすでにあったのです。

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