9月29日に行われた自民党総裁選挙で岸田文雄元外相(衆議院議員)が選出された。10月4日の衆議院本会議と参議院本会議で岸田氏は第100代内閣総理大臣(首相)に指名された後、天皇の親任を受けた。

岸田新政権は、安倍晋三政権、菅義偉政権のシステムと政策を継承する。ここで、安倍・菅両政権で継続していたシステムについて説明しておく。筆者はこのシステムを「首相機関」と呼んでいる。安倍政権が7年8カ月も継続したのは、さまざまな利益集団(自民党の各派閥、公明党・創価学会、各省府、日本会議、日本医師会、農協など)にとって、安倍氏が首相であることが都合のよいようなシステムが形成されたからだ。利益集団を代表する首相側近から政策案が上げられ、決裁を求められたとき、安倍氏は裁可することを基本とした。気に入らない政策案については返事をしない。こういうことが続くと、安倍氏の決裁を得られそうもない案件については、首相側近が忖度(そんたく)して安倍氏に上げない。首相はいわば内閣を象徴する機関として機能するようになった。そのことによって安倍政権は安定性を増した。

菅政権も安倍政権から首相機関を継承した。ただし違いが生じた。安倍政権においては今井尚哉首相補佐官兼秘書官が、霞が関(官界)や首相の側近政治家が安倍氏の決裁を求める事案について調整するとともに、官僚を統制した。北村滋内閣情報官(安倍政権末期は国家安全保障局長)が情報面で安倍氏を支えた。菅首相は今井氏、北村氏の機能を果たす官僚をあえてつくらなかった。今井氏は内閣官房参与に退き、北村氏は国家安全保障局長の所掌事項である外交と安全保障の問題に専心するようになった。今井氏や北村氏が果たしていた機能を、首相自身が果たすようになった。その結果、菅首相に権力が集中したが、システムとしての首相機関は弱体化した。