IT革命の副作用抑制にはコミュニティの復活が必須
評者/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『第三の支柱 コミュニティ再生の経済学』ラグラム・ラジャン 著/月谷真紀 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]Raghuram Rajan 米シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス教授。専門は銀行論、企業財務論、経済開発論。国際通貨基金の調査局長、母国インドの準備銀行総裁などを歴任。2005年のジャクソンホール会議で世界金融危機を予見する。邦訳書に『フォールト・ラインズ』など。

1980年代以降、巨大な国家こそが問題だとして、われわれは規制緩和を進め、市場の領域を広げた。近年の米欧の政治的混乱は、IT革命や自由貿易、移民の影響で中間層が瓦解しコミュニティが縮小したことが原因だ。ならば市場の抑制と国家の拡大が解決策になるのか。

主流派経済学は国家と市場に注目し、コミュニティを対象にしなかった。むしろ偏狭さと因習の象徴として、市場に代替されるものと考えた。市場で徐々に独占が進行する現在、再び国家を強化すれば、縁故主義が蔓延するだろう。

本書は、いち早くリーマンショックの到来を予見した金融論の大家が、国家、市場、コミュニティの均衡を図る必要性を論じた大作だ。コミュニティの復活なしには、進行中の破壊的なITデジタル革命に対応できないと論じる。

まず、自動化などIT革命は中技能労働者を代替し、高度な教育を受けた高技能労働者に多大な恩恵を与えた。高度な教育が高所得の源泉であることを認識する富裕層は、子供の教育のため、高度な教育を受けた家庭が多い地域に移動する。中間層が瓦解し、富裕層が抜けたコミュニティの教育は荒廃する。教育格差が固定化し、成功は世襲になりつつある。トップ大学が富裕層の子弟の通う学校となった日本も事情は同じだろう。

ITで市場集中も進み、イノベーションが阻害される。株式市場では独占的利益が期待される巨大企業の株価が高騰するため、新興企業の買収が容易になり、独占の自己成就をもたらす。最近、中国が巨大テック企業や教育への介入を開始したのは、西側と同様の問題を抱えるからだろう。

移民は中間層瓦解の一因だが、人口が減少する先進国は、高技能移民を拒否すべきではないと論じる。日本は人件費の安い雇用の確保を優先し、低技能外国人による労働を解禁したが、コミュニティ復活の視点から戦略を改めるべきではないか。本書は、コミュニティにより近いレベルで政策決定を行うべしという補完制原理を強調するが、コロナ危機でローカリズムは説得性を一段と増したと思われる。

あくまで自由貿易は擁護するが、多くの領域で望ましい政策は国ごとに異なり、知財権や金融規制などで共通ルールを作るのは適切ではないという。世界標準として何でも米国に追随する日本には耳の痛い話だ。中国経済が米国を凌駕するのは時間の問題なので、先進国が力を持つ間に米国が牛耳る国際機関の意思決定過程を民主化すべしというのも傾聴に値する。