2017年8月、外相の引き継ぎ式で話をする河野氏と岸田氏(Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

菅義偉首相が9月3日、自民党総裁任期満了に伴う総裁選への不出馬を決め、首相辞任に追い込まれた。最大の原因は、民意の離反である。就任時から新型コロナウイルスによる危機を背負い、悪戦苦闘の中で、4月25日の衆参補選、8月22日の横浜市長選など選挙は敗北の連続、メディア調査の内閣支持率も政権の赤信号といわれる20%台まで下落した。

菅首相は1987年の横浜市議選初当選から現在まで自身の選挙は無敗、権力闘争を生き抜く生命力は政界一といわれたが、政治家人生で初めての敗北となった。

総裁再選計画の崩壊が明確となったのは、党の選挙管理委員会が総裁選の日程を確定する前日の2021年8月25日だった。総裁任期満了の21日後の10月21日に衆議院議員の任期も満了となる。首相の続投戦略は、無投票総裁再選か、衆院選後への総裁選先送りか、総裁選の前の解散・総選挙のどれかを実現するシナリオとみられたが、すべて不発に終わり、衆院選前の総裁選実施が決まった。

導火線の役割を果たしたのは、8月10日発売の『文藝春秋』9月号に「総裁選に出馬します!」と題する立候補宣言を寄稿した高市早苗元総務相だが、菅首相を追い詰めたのは、党内で岸田派(宏池会)を率いる岸田文雄元外相であった。次期衆院選を前に「選挙に勝てる顔を」と望む自民党内の中堅・若手議員の不満を背に受け、横浜市長選で民意の菅離れが決定的となったのを見て決起した。

菅首相は総裁選前の党役員人事や解散・総選挙断行などを計画したが、いずれも行き詰まる。総裁選決戦の決意を固めて突っ走った岸田氏の勝利である。