音楽を例に語る「運が重要」 成功者は図に乗るべからず
評者/名古屋商科大学ビジネススクール教授 原田 泰

『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』アラン・B・クルーガー 著/望月 衛 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]Alan B. Krueger 1960年生まれ。米コーネル大学卒業後、87年、ハーバード大学で経済学の学位を取得(Ph.D.)。米労働省チーフエコノミスト、米財務省次官補などを経て、92年、プリンストン大学教授。邦訳された著書に『テロの経済学』。2019年死去。

タイトルからキワモノと思われそうだが、著者はオバマ政権で経済諮問委員会委員長を務めた労働経済学者でプリンストン大学教授、本格的な経済書である。

需要と供給(しかし、それだけではない)、スーパースターの経済学、運の力、価格差別、知的所有権の役割などが、極めて興味深い事例とともに学べる。浮き沈みの激しいミュージシャンの生涯設計や不利な契約を結ばされることについての解説は興味深い。また、バンド内の所得配分は、企業の正しい給与システムについて示唆に富む。

1980年から進展した米国における所得格差拡大の説明としてスーパースター仮説がある。経済規模が大きくなると、他で代替できない技能を持った人々の所得は高くなり、そうでない人々の所得は上がらないという仮説だ。さらにスーパースター企業の隆盛もある。少数の企業が利益を総取りしてしまう。これら企業の給料は高いのだが、雇っている人は少数なので、マクロでの所得格差は拡大する。

音楽業界は、昔からスーパースター仮説が当てはまった。少数の天才が所得の大部分を獲得し、他の成員は生活するのがやっとという状態だった。多くの人にスターの声を届けることができる技術が生まれて規模が拡大し、替えの利かない技量を持った人々のみが運にも恵まれて、勝者総取りの性格がさらに強まった。

規模の経済には技術が重要である。ライブなどで生の声を聴かせていた時代から、マイク、レコード、カセットテープ、CD、ストリーミングと、音楽を届ける手段は様々に変わった。デジタル技術は、音楽を作成し、配信するコストを劇的に引き下げたが、さまざまな音楽家が平等に稼げる世界は生まれなかった。

無数にある音楽から何が選ばれるかは多分に偶然で、わずかな技量の差が、偶然の集積効果によって累積的に拡大するからだ。つまりは、運が重要ということだ(エルトン・ジョンが世に出たきっかけはまさに運である)。

所得の違いが運によることについて、成功したミュージシャンは自覚的で、不遇のミュージシャンにも優しい。日本の就職氷河期の若者だけでなく、米国でも不況期に学校を卒業した人々の所得は低くなるという。著者は、経済一般においても、成功者は不遇の人々に対して優しくあるべきだと語っている。

評者は東京オリンピックの開閉会式に落胆したが、本書には、才能と運が重要なビジネスで、日本が成功するためのヒントも詰まっている。