人間の非合理性を探る ネットの悪人叩きも進化ゆえ
評者/中央大学教授 江口匡太

『最後通牒ゲームの謎 進化心理学からみた行動ゲーム理論入門』小林佳世子 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]こばやし・かよこ 東京女子大学文理学部社会学科卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。南山大学経済学部専任講師を経て准教授。専門は行動経済学、応用ゲーム理論、法と経済学。本書が初の著書。

最後通牒(つうちょう)ゲームとは、2人で例えば1000円を分ける時、分け方の提案者がそれぞれの取り分を提案して、相手がOKを出せばその提案通りに配分されるが、拒否されればお互いに何も得られないというもの。ただそれだけのゲームだが、世界で最も頻繁に人間行動の検証に使われたものだ。

さて、提案者の多くはどのように提案するだろうか。世界各国で行われた実験では大きく2つに分けられる。1つは各500円で折半する。もう1つは700円と300円のように相手の受取額を少なめに提案する。前者が自然に思えるのはそれが公正であると感じるからであろう。逆に後者はややずるいように見える。相手は提案を拒否すれば1円も手に入らないから、相手の足元を見た提案である。この2種類の提案は人間の正邪両面を反映しているように思われる。

だが、相手の足元を見るのであれば、なぜ提案者は999円と1円という提案をしないのだろうか。相手に1円しか与えないと怒りを買って拒否されるから? このゲームを観察している第三者にずるい奴(やつ)と思われたくないから? それとも、良心の呵責(かしゃく)を感じてしまうから? 自分のこととして考えれば、いろいろな理由を思いつくだろう。

一方、あまりにも低い金額を提案されると、多くの人は提案を拒否する。これも自然に見えるが、損得の観点からはどれほど低額でも0円と比べれば得をするのは明らかだ。どんな提案も受け入れるのが合理的なのに、どうして拒否するのだろうか。怒りに任せては損するのだから、もらえるものはもらっておけばよいのに、そうはならない。

このゲームは単純だからこそ、さまざまな疑問がすぐに浮かび、その疑問を検証するために、多くの工夫を凝らした実験が行われてきた。何が明らかになったのかを、本書はわかりやすい言葉とイラストでテンポよく紹介していく。

そこから見えてくるのは、人前では自分を抑えても、バレなければ自分勝手にしたい、でも、他人を大きく害するほど身勝手にはなれない、そして、他人の悪行は自分が部外者であっても許せない、そんな人間像である。性別、年齢、民族などの違いを超えて大きな共通性が見られ、人類が太古の時代から共同生活を営みながら生存、進化してきたことを反映しているという。

「悪人」を寄ってたかって叩(たた)くのはネット上のエンタメと化しているが、その根は深く人類の遺伝子に刻み込まれていることがわかる。