西欧の模倣で中・東欧が混乱 自由民主主義は自己鍛錬必要
評者/北海道大学大学院教授 橋本 努

『模倣の罠 自由主義の没落』イワン・クラステフ、スティーヴン・ホームズ 著/立石洋子 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]Ivan Krastev 1965年生。ブルガリア出身。ソフィア大学卒。欧州とデモクラシーを研究する政治学者。ソフィアの「リベラル戦略センター」理事長。著書に『アフター・ヨーロッパ』など。
Stephen Holmes 米ハーバード大学、シカゴ大学、プリンストン大学の政治学部、法科大学院で教鞭を執った後、2000年からニューヨーク大学教授。リベラリズムに関する著書多数。

1989年に冷戦構造が崩壊すると、世界は自由と民主主義の社会に収斂(しゅうれん)するだろうという希望的観測が広がった。だがそれから30年余りを経た現在、世界の各地で権威主義の政権が台頭している。いったいなぜかといえば、西欧的価値を模倣すること自体に大きな罠があった、というのが本書の視点である。

共産主義体制の失敗を経験した東欧、中欧諸国のエリートたちは、自由化、民主化を急いで進めるために、西欧の価値と制度を誠実に模倣した。ところがその結果、自国のアイデンティティーや伝統が否定されてしまう。反動として権威主義的な指導者たちが支持を集めることになった。政治・経済は混乱に陥った。

米経済学者T・ヴェブレンの指摘では、日本人は西洋の産業技術を借用したものの、西洋的な精神態度や行動規範を借りることはなかった。日本人は比較的、西洋の模倣をうまく制御できたという。ところが冷戦後の中・東欧人たちは、西欧社会を模倣しすぎたがゆえに、その価値に裏切られたのだと本書は指摘する。

ロシアの場合、エリートたちは西欧の規範や制度を模倣するふりをしただけで、何も変えなかった。彼らは自由な市場社会という外観を保持しつつも、国家の財産を着服して民主化を妨害した。エリートたちは十分に狡猾(こうかつ)だった。

中国は独特だ。合弁事業という手法を用いて、欧米企業から革新的な技術を公然と盗んでいく。アメリカの留学生の3分の1は中国出身といわれるが、彼らが学ぶのは主として自然科学や工学である。中国人は西欧の思想を模倣せず、近代的な技術を摂取して、共産党政権を維持することに成功してきた。

本書によれば、この中国の台頭は「模倣の終焉」を意味している。これまで欧米諸国は、自国のイデオロギーを他国に輸出してきた。自由民主主義は、政治的・知的・経済的な競争を称賛するダイナミックな体制であり、その理念を模倣してもらえば世界は繁栄すると考えられたためだ。

ところが中国は、わが道を行った。しかも自国のイデオロギーを輸出することには関心がない。一帯一路の経済圏構想も、思想教化を求めていない。中国が示したのは、欧米の規範や制度を拒否しつつも国を発展させる方法がある、という事実である。

ますます多元化するこの世界を、私たちは祝福できるだろうか。諸制度がしのぎを削っている国際状況下で、自由民主主義も自らを鍛えるべきだと訴える本書は、洞察に満ちている。