石橋湛山(1884〜1973)は東洋経済新報社の第5代主幹。56〜57年に首相を務めた(32年ごろ撮影、写真:『石橋湛山 写真譜』)

中国の強烈なナショナリズムがもたらす拡張主義といかに向き合うかは、21世紀国際社会の一大テーマだ。南シナ海や東シナ海での中国による現状変更の動きは周辺諸国に大きな脅威を与えている。支配する領域を拡大することで自国の利益と安全を確保しようとする中国の強引さは、戦前日本の失敗の軌跡に重なるものがある。

今からちょうど100年前の1921年7月、後の首相、石橋湛山は『東洋経済新報』(現在の『週刊東洋経済』)で歴史に残る論説を立て続けに発表した。「一切を棄(す)つるの覚悟」「大日本主義の幻想」と題する一連の社説は、日本は満蒙権益や海外の植民地を放棄して、グローバルな通商国家として生きよという雄大なビジョンを示すものだった。

日露戦争(04〜05年)後の日本は、満州(中国東北部)の権益をロシアと南北に分け合っていた。以降は、満蒙権益をめぐって、その回収を目指す中国のナショナリズムと対峙することになった。第1次世界大戦後に大陸における日本の権益はさらに拡大し、日中の対立は一段と先鋭化した。

湛山は東アジア各地の権益維持にこだわる当時の日本の国策を「王より飛車を可愛(かわい)がるヘボ将棋」と痛論。「朝鮮台湾樺太(からふと)も棄てる覚悟をしろ、支那や、シベリアに対する干渉は、勿論(もちろん)やめろ」と主張した。ここでいう「王」は自由な通商による利益で、「飛車」は特定の領域を直接支配することによって手にする利益を指す。