ニューディール政策についてラジオで米国民に語りかけるローズヴェルト大統領(1937年)(Everett Collection/アフロ)

新型コロナウイルスの感染再拡大の中、ひたすら東京五輪の開催に驀進(ばくしん)する菅義偉政権に対しては、正気を失ったという言葉しかない。政治家の権力闘争に一か八かの賭けはつきものであり、自民党総裁選挙と衆議院選挙の2つの大きな試練をくぐり抜けて政権を維持するために、菅首相は五輪開催という大きな賭けに出たのだろう。しかし、賭けの対象は国民の命である。首相の賭けを止める方法はないが、こんな投機的指導者を許すことはできないと言い続けなければならない。

欧米諸国ではワクチン接種が広がり、平常の社会経済活動を再開したところもある。日本ではまだ気が早いと思われるだろうが、今回はコロナ後の民主政治の刷新の可能性について考えてみたい。

歴史は繰り返すというが、コロナ危機は1930年代の世界大恐慌と重なる点がある。株価バブルの崩壊とパンデミックとでは原因が異なるが、経済活動が突然途絶し、先進国の多くの人々が生命を脅かされる恐怖を味わった。正確な危機認識ができないまま的外れの政策を繰り出す菅首相は当時のハーバート・フーバー米大統領に似ている。米国ではジョー・バイデン大統領が、フーバーを選挙で破ったフランクリン・ローズヴェルト大統領に倣って現代版のニューディール政策を打ち出そうとしている。