大規模財政が危機緩和 米国は所得再分配を選択
評者/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『雇用、金利、通貨の一般理論』ジョン・メイナード・ケインズ 著/大野 一 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]John Maynard Keynes 1883〜1946年。36年発刊の本書でいわゆるケインズ革命を起こし、マクロ経済学を確立。ブレトンウッズ体制の実現にも力を尽くした。
おおの・はじめ 本書と同じ日経BPクラシックス・シリーズでシュンペーター『資本主義、社会主義、民主主義』、ノース『経済史の構造と変化』などを翻訳。

世界恐慌に対応すべくケインズが『一般理論』で創始したのがマクロ経済学だ。ケインズ以前は、賃金が割高で価格調整スピードが遅いから失業が発生すると考えた。ケインズは、原因は労働市場ではなく資本市場にあると論じた。投機の行き過ぎなどで資本市場が動揺し、企業が投資を抑制するから、総需要が低迷し失業が発生する。

今般、読みやすい新訳が出た。コロナ下でケインズの教えが生かされたのかを確認するのに、格好といえよう。

ショックが襲うと、人々の流動性需要が極度に高まり、市場金利は跳ね上がって、強いストレスが経済に及ぶ。リーマンショックの教訓もあり、米国を中心に世界の中央銀行が協調し、自国通貨だけでなく、ドル資金の大量供給も行われた。ケインズの時代に比べ、中銀の能力は高まり、資本市場の動揺がコロナ危機を増幅する事態は避けられた。

ケインズ政策といえば財政政策と捉える人も多いが、財政政策は副作用が強いため、できる限り金融政策で対応すべきだと近年まで考えられていた。ただ、超低金利が常態化すれば、金融緩和余地は限られる。リーマンショックの頃から徐々に変化していたが、コロナ危機で大規模な財政政策が世界的に発動され、「大きな政府」に向かっている。

現在、欧米では財政金融政策の効果にワクチン接種も加わり、先行きへの楽観から、大幅な株高が続いている。実体経済から大きく乖離した株高が次なる経済危機を招くのではないかと評者は懸念するが、ケインズはマクロ政策がもたらす金融的不均衡をさほど深刻に見ていない。

一方、長期停滞が続く日本はまさにケインズ的世界にある。企業の長期期待が低迷し、投資や人件費を抑制するから個人消費が停滞する。ならば一段の拡張財政が必要か。消費停滞の背景には、社会保障の持続性への人々の疑念もあり、それは公的債務の膨張と無縁ではない。これはケインズが想定しなかった問題だ。また、評者は距離を置くが、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいMMT(現代金融理論)はケインズの考えに近いものだ。

今回、改めて認識したのは、経済格差への対応だ。ケインズはそれが総需要低迷の要因の1つと捉え、所得分配の見直しが必要と考えていた。現在、米国では消費性向の低い超富裕層に所得が集中し、それが総需要の停滞をもたらしている。バイデン政権は、富裕層課税や法人課税を財源に、低所得者向けの支援策を探っているが、その政策の有効性は高いと思われる。