ロシアが共同通信モスクワ支局に対して、興味深い外交文書を開示した。1972年1月23〜28日、ソ連のグロムイコ外相が訪日した。同年10月21〜23日、大平正芳外相が訪ソし第1回日ソ平和条約交渉を行った。平和条約を締結するためには、北方領土問題を解決しなくてはならない。ソ連共産党中央委員会政治局が、大平訪ソを控えた同年8月3日の会議で、歯舞(はぼまい)群島と色丹(しこたん)島を日本に引き渡す形での平和条約締結を検討していたことが明らかになった。

〈【モスクワ共同】ソ連が中国との対立激化を背景に1972年、日本との関係改善に向け、56年の日ソ共同宣言に基づく歯舞群島、色丹島の2島引き渡しで北方領土問題の最終解決を目指して作成した平和条約案などの極秘文書が23日判明した。ソ連が日中関係の正常化を警戒し、日本との平和条約締結を模索した経緯が初めて明らかになった。日本は4島返還の要求を崩さず、日ソは接点を見いだせなかった。/共同通信はソ連の最高意思決定機関だった共産党政治局が72年8月3日、対日関係改善を協議した際につくられた一連の極秘文書(機密解除済み)を入手した。〉(5月23日「共同通信」)

共同通信は、ロシアの公文書公開の正規手続きに従ってこの文書を入手した。この事実が重要だ。なぜなら、北方領土に関する機微に触れる文書の公開には、ロシア外務省とクレムリン(ロシア大統領府)の決裁が必要とされるからだ。クレムリンはこのタイミングで歯舞群島、色丹島を日本に引き渡す形で日ロ平和条約の締結が可能だとのシグナルを送ってきたと筆者は受け止めている。