最近の著書で自らの政治構想を打ち出した自民党の下村博文政調会長(奥中央)(毎日新聞社/アフロ)

昨年の緊急事態宣言が発出される直前に、旧知のジャーナリストの誘いで、ある自民党政治家の政治構想作りの場に顔を出してみたことがある。テレビではよく見ていた政治家だが、直接お目にかかるのは初めてであった。

その場には政治・経済・文化などさまざまな分野の同世代の識者がおり、当の政治家の構想を基に各人が何らかの案をプレゼンテーションし、最後は論壇で活躍する研究者の取りまとめで本ができ上がるという段取りであった。私自身もとりあえず一定の話をしたものの、おそらくは新型コロナウイルス感染症もあり、また党内事情もあり、その後に本は出ずじまいである。安倍晋三首相(当時)の体調悪化とその後の自民党総裁選挙で機会を失したのであろう。

だが、第2次以降の安倍政権下で政治家が本を書かなくなり、日本政治の停滞をもたらしたことは疑いがない。安倍政権と反安倍勢力との対立は熾烈だったが、前者は何がビジョンか明らかではないまま、次から次へと政策を打ち出し、選挙を繰り広げた。後者も、安倍憎しの気持ちが上ずって、具体的に何を成し遂げたいのかわからないままであった。

そうした中、最近になって立憲民主党代表の枝野幸男氏が『枝野ビジョン』を、自民党の下村博文政務調査会長が『GDW興国論』を出版し、それぞれの政治構想を打ち出した。どちらも手に取ってみると読み応えのある本である。菅義偉政権が新型コロナ対策で行き詰まり、安倍政権以上にビジョンが欠落する中では、こうした政治のビジョンが世に出る意味は大きい。これから成算も説得力のある説明もないまま東京五輪に突入するならば、9月の自民党総裁選は混乱の責任と収拾をめぐる論戦のただ中に置かれるであろう。

仮に菅続投となったとしても、内閣にビジョンがなければ、ほかのビジョンを封ずることはできない。今年の衆議院総選挙では、かつてのように与党圧勝となるシナリオは考えにくいし、来年の参議院選挙、さらに2025年までに行われる次の総選挙まで視野に入れるとなると、将来を憂える政治家からさまざまなビジョンが発せられるであろう。ようやく日本政治はビジョン花盛りの時代の入り口に立ちつつあるといえるのである。