最近出版した著書で政権構想の骨組みを示した枝野幸男・立憲民主党代表(毎日新聞社/アフロ)

東京五輪開会まで2カ月を切り、予定どおり開催するかどうか政治指導者の決断と責任が問われている。本欄でも菅義偉政権と第2次世界大戦末期の軍国日本の指導者との類似を指摘してきた。この局面でも、それを繰り返さざるをえない。

76年前、日本の指導者は負け戦をだらだら続け、ポツダム宣言という終戦のきっかけを与えられてもこれを無視し、半月余り時間を空費した揚げ句に、2個の原子爆弾投下、ソ連参戦という巨大な犠牲をもたらして、やっと敗戦を認めた。指導者の罪は、国民の生命を二の次にし、国体護持という虚妄を信じ込み、継戦不可能という客観的現実を無視したことである。

現在に当てはめてみると、政府の新型コロナウイルス対策は敗北の連続である。ウイルスの変異株が広がる中、すでに大阪などでは医療崩壊が起きており、治療を受けられないまま亡くなる人が次々と出ている。安全な五輪開催はもはや荒唐無稽な目標であろう。内外の新聞が打ち出した中止の論説や医学専門家による中止勧告がポツダム宣言に相当する。しかし、政府は何とかなるという狂信を持ったまま、国民の生命、健康を二の次にして五輪開催に突き進む。

東京都医師会の尾﨑治夫会長は五輪開催のための必要条件として、新規感染者を1日当たり100人以下にする、無観客で開催、海外から来る国際オリンピック委員会(IOC)関係者や報道陣を減らすことを指摘した。そうした条件を満たす努力をせず、「今の状況が続けば、開催は難しくなると思っている」と述べた(朝日新聞デジタル、5月27日)。菅政権が五輪開催の決断をするならば、尾﨑氏が示した条件を具体的にどう満たすのか説明する責任を負う。