「安定性が不安定性を生む」 経済改革考える際の基盤に
評者/北海道大学大学院教授 橋本 努

『ミンスキーと〈不安定性〉の経済学 MMTの源流へ』L・ランダル・レイ 著/横川太郎 監訳/鈴木正徳 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]Larry Randall Wray 1953年生まれ。米パシフィック大学卒業後、ワシントン大学セントルイス校で修士号と博士号を取得。同校時代、ミンスキーに師事。現在、米バード大学教授。現代貨幣理論(MMT)の旗手として知られ、著書に『MMT現代貨幣理論入門』など。

2008年の世界金融危機のとき、英国のエリザベス女王は「なぜこの危機を誰も予見できなかったのですか」と素朴な疑問を呈した。当時支配的だった「効率的市場仮説」などのマクロ経済理論はこの危機を説明する力を持たず、経済学者たちの威信は低下した。

だが、一部の経済学者は、この金融危機が「ミンスキー・クライシス」であると見抜いた。1996年に世を去ったミンスキーが生きていれば、英女王に自らの理論の正しさを説明したであろう。

本書はミンスキーの弟子によって書かれた簡易な入門書であり、異端経済学者の全貌を鮮やかに伝えている。

ミンスキーの経済哲学は、「安定性が不安定性を生み出す」という言葉によって表される。例えばある規制の下で金融市場が安定すると、プレーヤーたちは規制の抜け穴を見つけたり、イノベーションを生みだしたりする。あるいは金融危機の際に政府が「最後の貸し手」として助けてくれるとなると、プレーヤーたちはいっそうリスクを取るようになる。結果として金融市場は脆弱になるというのがミンスキーの説明である。

こうした不安定化を防ぐためには、政府は経営危機に陥った巨大金融機関を救うべきではなく、企業利益の40%が金融に集中するような今日的状況ではなおさら、金融機関を財産管理人の下で分割する必要があるという。加えて小規模なコミュニティ開発銀行を創出すべきで、さらに年金基金のような官民共同の事業には、その金融支配力を抑制するために税制上の優遇を与えるべきではないと論じる。

ミンスキーはこのように、資本主義の支配力を抑制して、「楽観的で人道的な共存共栄型」の資本主義へと転換するビジョンを描いていく。

コロナ禍の現在、日本政府は雇用対策に巨額の財政資金を投じているが、実はこの財政支出を正当化する現代貨幣理論(MMT)にも、ミンスキーは影響を与えている。

彼は公共投資の呼び水効果に懐疑的で、呼び水によって景気を刺激するとインフレが促進され、経済にブレーキがかかり完全雇用の達成が難しくなると考えた。政府はむしろ雇用を直接創出すべきであり、同時に企業の寡占化を防ぐ方法も模索する。こうしたやり方が共存共栄型の経済の理想にかなうと考えた。

むろんミンスキーの理論でも金融危機を完全には防げない。しかし、危機は経済を抜本的に改革するチャンスでもある。本書は議論を積み上げるベースになると思う。