平泉町は、岩手県の南部、西磐井郡の北上盆地にある、奥州市と一関市に挟まれた東西16.15キロメートル、南北8.51キロメートルの比較的小さな街だ。平成の大合併など過去数度にわたる合併協議があったものの、合意には至らなかった。西には奥羽山脈があるが、北には衣(ころも)川、南には太田川、そして東には北上川と三方に川が流れ、肥沃な土地を形成している。

平安時代後期、この地は地元の豪族・安倍氏の支配下にあったが、陸奥守・源頼義が1062年に安倍氏を滅ぼす(前九年の役)。以降、源氏に味方した清原氏が治めることとなったが、内紛(後三年の役)を経て勝ち残った清原清衡が、藤原氏を名乗るようになった。

清衡は名産の馬と金を朝廷に献上し急速に力をつけた。平泉は奥州随一の都として繁栄する。奥州藤原氏は、清衡、基衡、秀衡の三代にわたって栄華を極めるが、奥州に逃れてきた源義経を四代泰衡が討ったのち源氏に滅ぼされる。