技術革新と詐欺は紙一重 シリコンバレーの病理描く
評者/サイエンスライター 佐藤健太郎

『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』ジョン・キャリールー 著/関 美和、櫻井祐子 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] John Carreyrou ニューヨーク生まれ、パリ育ち。米デューク大学で学位取得。1999年から20年間、「ウォールストリート・ジャーナル」の調査報道記者として勤務、同僚とともにピュリツァー賞を2度受賞。セラノス社に関する報道でジョージ・ポルク賞など複数の賞を手にした。

世の中には、読む前から面白いこと疑いなしという本がある。本書もその1冊と思いながら手に取ったが、期待を軽々と超えていた。

本書が取り上げるのは、スタンフォード大学を中退したばかりのエリザベス・ホームズが19歳で創設したバイオベンチャー・セラノス社のスキャンダルだ。指先を穿刺(せんし)して採った微量の血液から多くの病気を診断できる技術が、中核とされていた。

エリザベスはその異様なほど低い声と、圧倒的なカリスマ性で、次々と信奉者を獲得していく。スタンフォード大の花形教授や、米政府の高官を務めた超大物を何人も取締役に迎え、名だたる投資家の支援を得て、セラノス社は十数年のうちにシリコンバレー最大のユニコーンと称されるようになる。その企業価値は90億ドルと評価され、エリザベスは自力でビリオネアに上り詰めた史上最年少の女性となった。ジョブズを真似た黒いタートルネックに身を包んだ彼女は、多くの雑誌の表紙を飾る時代の寵児となった。

だが華やかに見せかけた外見とは裏腹に、セラノス社の内部は実にお寒いものだった。目論見通りの血液検査はまるで実現せず、アップルから引き抜いたデザイナーにデザインさせた検査機器は、張りぼて同然だった。思うように開発が進まぬ焦りから、ついには被験者の生命を危険にさらしかねない不正行為にまで手を染める。しかし彼女と相棒のサニーは、社員に実情を知られぬよう社内のつながりを分断し、疑いを持った者は次々に追放した。退職者が内情を暴露することのないよう、凄腕(すごうで)弁護士を使って脅迫まがいのことまでしている。

だがこうした虚飾の城にも、ついに崩壊の時がやってくる。執念でセラノス社の欺瞞を暴き出した者こそ、本書の著者だ。エリザベスとの攻防戦の迫力は圧巻というほかない。

若い女性の起こした生物学絡みの捏造事件ということでSTAP細胞事件と比べたくなるが、規模も質も比較にならない。不思議なのは、海千山千の男たちが、手もなくエリザベスのいい加減な言葉を信じ込んでしまったことだ。これは単に個人のカリスマ性などでは片付けられそうにない。そこには、「次のジョブズ」を渇望する、シリコンバレーの「病理」とさえいえる何かがありそうに思う。

その反面、米国経済のダイナミズムは、こうしたトリックスターの出現さえ許す環境があってこそともいえ、少しうらやましくもある。「次のジョブズ」と「次のエリザベス」は、おそらく紙一重だ。