うちやまだ・やすし 1955年生まれ。国際基督教大学卒業後、東京神学大学を中退しアフリカで働き、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなどで学ぶ。2021年3月筑波大学教授を定年退官、長期のフィールドワークを優先するため再就職はせず。著書に『原子力の人類学』。(撮影:風間仁一郎)
放射能の人類学: ムナナのウラン鉱山を歩く
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今の福島には原子力災害の問題が集中する。が、これは福島固有の問題か。ウラン採掘から核廃棄物の最終処分までを、世界規模で数万年後まで持続する「原子力マシーン」と捉えれば、それは福島だけで完結しない。前著のマシーンを探る旅のメインは英仏の使用済み核燃料再処理工場、今回はガボンのウラン鉱山跡だ。

──原子力や放射能が人類学の対象になるとは意外でした。

私の人類学は地域研究ではなく、地域を超えた普遍的な問題を意識しています。現テーマのきっかけは津波。三陸での死者数が最多の石巻で、「人は津波について何を知っているのか」というテーマで参与観察をした。津波の場合、知識の蓄積もあるし、何が起きるかを身体を通して知覚することができます。原発事故は知覚の仕方が違う。ガイガーカウンターのような計測器や実験室がないと可視化できない。調査を通じ、私たちは放射能について知らないことがわかった。どうすれば知ることができるかが出発点です。

──世界各地に出かけます。

大きな問題が起きたら、関係する場所に行って多くの人から話を聞くのが基本です。歩く道が違えば見えるものも違うので、いろんな道を歩き、そこで会った人に話を聞くと多角的な見方ができるようになる。さらに、時々福島に戻って新たな知見の中に福島を置き直すと、隠れていたものが現れる。

旅をしていると行く先々で同じアクターたちに出くわします。英セラフィールドの再処理工場では仏ラ・アーグの再処理工場で働いていたアレバ(旧コジェマ、現オラノ)の技術者に再会した。彼は福島の汚染水処理や六ヶ所村の再処理工場について極めて詳しい。技術者たちが行き来するネットワークの中を知識とものが巡る。