北九州市門司(もじ)区は九州の北端、企救(きく)半島に位置する。西側の関門海峡は本州と九州の接点、東側には周防灘(すおうなだ)がある。門司は海に囲まれた海峡の街なのである。

明治時代、国や行政機関はこの街が交通の要衝になると考えた。築港や鉄道敷設が計画的に行われ、港は筑豊炭田で産出された石炭の積み出し港として大いに栄える。1899年には市制が敷かれ、門司市となった。

門司がいかに重要な経済拠点であったかは、日本銀行の北九州支店開設からも見て取れる。日銀は門司が西日本経済の一大拠点になると考え、93年に2番目の支店として北九州支店を開設した。当時はまだ門司の市街地が整備されておらず、対岸の赤間関(あかまがせき)市(現下関市)に仮店舗を設置。5年後の98年、明治を代表する建築家・辰野金吾ら設計の壮麗な支店が開設される。屋根は半球のドーム型、側壁は花崗(かこう)岩で覆われたれんが建築だった。その後、空襲や1953年の大水害の被害を経て、支店は64年11月には現在の北九州市小倉北区に移転した。