源内、江漢ら知性をたどり近代への歩みの叙事詩紡ぐ
評者/関西大学客員教授 会田弘継

『文明の庫 近代日本比較文化史研究 Ⅰ 静止から運動へ・Ⅱ 夷狄の国へ』芳賀 徹 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] はが・とおる 1931年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業。同大学院比較文学比較文化博士課程修了。東京大学教養学部教授、国際日本文化研究センター教授などを歴任。2020年2月死去。 『大君の使節』『平賀源内』『絵画の領分』『藝術の国日本』『文明としての徳川日本』など著書多数。

芳賀徹ワールド全開の本だ。「徳川の平和」の下、早くも兆した近代。明治の開化を支えた武家の精神。それらを担った平賀源内、司馬江漢、栗本鋤雲(じょうん)、久米邦武……。突出した知性を独特の慧眼(けいがん)で掘り起こし描き出す叙述の冴えは、時に読者の心を激しく揺さぶる。逝去後1年で出版された2巻は、混迷の時代を生きる日本人に向けた著者の遺書といえるだろう。

日本人の精神の近代化をたどる本書は20年前に構想された。半世紀以上にわたり各所で発表された27の論考に最期まで手を入れ、未完のまま著者は逝ったが、後を託された担当編集者と学究である子息の手で公刊に至った。

近代的精神の始まりを著者は博物学に見る。『蘭学事始』に描かれる18世紀後半の西洋医学との出合い。さかのぼること70年、貝原益軒『大和本草』の博物学に日本の実証的精神が芽生え、西洋に並行して動き出していた。

博物学と実証精神の破天荒な巨人は風来山人こと平賀源内だ。著者の最も愛した江戸近代人の一人だろう。『解体新書』翻訳に当たった杉田玄白らと源内の交友、源内に出会い育てられる秋田蘭画の小野田直武、見知らぬ玄白に文を送り医道の悩みを打ち明ける奥州一ノ関の医師建部清庵(たてべせいあん)。西洋に直接出合わずとも日本各地に近代精神の萌芽があった。そうした知性の群像をたどる各論考が有機的につながり、近代への歩みの叙事詩となる。本書の醍醐味だ。

博物学の精神は、維新後初の欧米視察の岩倉使節団の記録係となった久米邦武とその『米欧回覧実記』にも引き継がれる。著者はそれを18世紀以来の「実学型見聞記」の系譜と位置付け、画家司馬江漢や篤農家鈴木牧之(ぼくし)らの旅行記と並べ、『奥の細道』が典型の観照型紀行と対照させる。久米の近代的な実学型見聞記の文体を支えたのは武家の漢学者精神でもあった。

本書のもう一つのテーマは、そうした実学的文章が持つ力と美だ。政治家の日記や軍人の手紙、科学者の報告の中にも高い文学的価値がのぞくことがしばしばある。それらを無視したり低く見ようとしたりする「純文芸」の姿勢を、著者は強く批判する。

初めて死体の腑分(ふわ)けを見ての帰りの様子を描く『蘭学事始』の一節。「これまで心付かざるは恥ずべきことなり」。蘭書を見て「同じく人のなすところ」と蘭学追究の決意を固める前野良沢。こうした一節に現れる精神の動きこそ、文学だと著者は説く。そう説く著者自身の、心揺さぶる見事な語りにあふれる本である。