稲葉清右衛門(いなば・せいうえもん)/1925年3月5日生まれ。茨城県出身。1946年に東京帝国大学(現東京大学)第二工学部を卒業。同年富士通信機製造(現富士通)入社。1972年富士通ファナック(現ファナック)専務、1975年社長、1995年会長、2000年相談役名誉会長、2005年名誉会長。2020年10月2日死去
ファナックの実質創業者であり名誉会長だった稲葉清右衛門氏が2020年10月2日に死去した。稲葉氏は、富士通信機製造(現富士通)で後にファナックの看板商品となる「NC装置」の開発を先導。1972年にNC装置事業が「富士通ファナック」として分離独立すると、NC装置、産業用ロボットの世界的企業へと同社を育て上げた。
2002年に出版された著書『黄色いロボット』に書かれた稲葉氏の言葉から、異色の超高収益企業を生み出した経営哲学を探る。

「黄色」に込められた意志

ファナックが本社を構える山梨県忍野村に足を運ぶと、工場群の外壁、従業員の制服、社用車、ロボット、すべてが黄色に染められている。これは稲葉氏が黄色を「戦いの色」としたことに由来する。

原価への強いこだわり

稲葉氏は、競争力をもつ商品になるかどうかは開発段階(≒生まれ)で決まると考えた。つまり、商品を生み出す開発段階で製造コストを抑えられる設計をしなければ、その後の製造段階(≒育ち)で工夫したとしたとしても他社を圧倒する低価格を実現できない。

ファナックで商品を開発する際には、まず「最低5年間は絶対負けない不敗の価格」を設定。そこから決められた利益を引き、残りを原価とする。研究員は、この目標原価内で商品を製造できるように、製造システムまで考えて設計をしなければならない。

この原価へのこだわりが、ファナックの高収益体質の根源だ。

黒字化へ選択と集中