氷河期世代は健康リスク大 将来不安の払拭が急務
評者/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『日本人の健康を社会科学で考える』小塩隆士 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] おしお・たかし 1960年生まれ。83年東京大学教養学部卒、イェール大学大学院経済学修士課程修了。神戸大学教授などを経て、2009年から一橋大学経済研究所教授。専門は公共経済学。『教育の経済分析』『効率と公平を問う』『「幸せ」の決まり方』『持続可能な社会保障へ』など著書多数。

日本でも経済格差が広がり、しかも放置されたままであることに多くの人が気づいているだろう。働き方や家族の形が多様化し、新たなリスクに社会制度が追いついていないのだ。

本書は、健康格差も広がっていたことをデータで示す。社会保障や教育の分析に定評のある経済学者が、日本人の健康問題を深く掘り下げた。

新卒一括採用が当たり前の日本では、卒業のタイミングで就職できないと、その後の人生に影響する。1994〜2004年に卒業した就職氷河期世代が、望んだ通りの就業が叶(かな)わず、結婚や出産で不利な立場に追いやられたことは、多くの研究で知られる。

健康状態も他世代に比べ劣っていたと著者は指摘する。十分なセーフティネットを持たない人もいるため、今後、高齢化すると一段と深刻な事態に陥る可能性が高い。長期不況を許した社会の責任として全世代型の社会保障制度を整える必要があるだろう。

非正規雇用は、正規雇用に比べて、健康が損なわれるリスクが2割程度高い。保険料を払えず公的年金や医療保険などのセーフティネットから外れるリスクが高いことが、健康に悪影響をもたらしている。非正規雇用を直ちになくすのは現実的ではないため、被用者保険の対象を拡大するとともに、低所得層に対し給付付き税額控除で社会保険料の支払いを相殺する支援が有効と論じる。評者も同意見だ。

ショッキングなのは、学歴が低いほど、中高年の健康の悪化ペースが速まり、生活習慣病を発症するリスクも高いという研究結果だ。学歴が最も低い場合、最も高い場合に比べリスクはほぼ3倍となる。学歴が健康格差をも固定化するということか。ただ、学歴が中高年の健康リスクを予測する判断材料になるのなら、政策対応も可能ということだ。

社会保障制度を持続可能なものとするには、支える側の人数を増やし、支えられる側の人数を減らす施策が有効だ。健康寿命の延伸から、60歳代後半で男性は3割、女性は2割の就業率の引き上げ余地があると分析する。健康でも引退する人が多いのは、公的年金が支給されるからで、支給開始年齢の引き上げが最も有効と説く。

10年代後半はバブル期以来の超人手不足時代が訪れ、非正規雇用の処遇も多少は改善された。それでも消費低迷が続いたのは、セーフティネットから漏れた人々が将来不安で消費を抑えたからだ。新型コロナ危機の終息後、長期停滞を脱するために何が行われるべきかは明らかだろう。