2月24日にオンラインで行われた退任会見では「昨年はゴルフを47回やってピンピンしている。ご安心ください」と健康をアピール(写真:スズキ)

「ばいばい。ばいばい」

約43年にわたってスズキのトップに君臨した鈴木修会長(91)。浜松の中小企業をグローバルな自動車メーカーに育て上げたカリスマ経営者は、退任会見の最後に小さく手を振ってそう口にした。

修会長がスズキの社長に就任したのは1978年で、48歳だった。当時、トヨタ自動車工業の社長は豊田英二氏、日産自動車の社長は石原俊氏、ホンダは2代目社長の河島喜好氏。それから他社ではトップが何人も代わる中、会長、社長兼会長、会長と肩書は違えど、スズキを牽引してきたのは紛れもなく修会長だった。

伝説に彩られた経営者人生

社長就任の翌年に発売した軽自動車「アルト」では、「エンジンを取ったらどうだ」とまで言う修氏の檄で徹底的にコストを削った結果、既存の軽の2割以上安い47万円で売り出し、大ヒットした。販売店の経営者の家族構成まで把握し、ディーラー大会や企業訪問時に「オヤジは元気か」「息子も一人前になったな」などと声をかける。修理工場を営む販売店との強固な関係を築き上げ、33年連続で軽自動車トップの座を守った。

スズキにとって日本を上回る市場に育ったインドへ進出の際には、修氏の「勘ピュータ」が冴え渡った。合弁相手を探しに来日したインドの国営企業の調査団に対し、他社は中堅クラスが応対した中、当時、社長就任4年目の修氏が自らプレゼンを行い、合弁相手の座をつかみ取った。

自他共に認めるワンマンであるがゆえ、修氏の引退はスズキの最大の経営リスクとされてきた。かつて「ワンマン時代の後は集団指導というのが歴史の必然だよ」と本人も話していたが、「生涯現役」とも公言していた。ただ、超長期政権となったのはそれなりの理由もある。

22年務めた社長から会長に就いたのは70歳になった2000年のこと。だが、社長に就いた戸田昌男氏は後に病に倒れ、次の津田紘社長も体調を崩して辞任。その間には将来の社長と嘱望していた娘婿の通産省(現経済産業省)出身の小野浩孝専務も急逝してしまった。2008年のリーマンショック後は、修氏が緊急登板で社長と会長を兼務することになる。

長男である鈴木俊宏氏に兼務していた社長を譲ったのは2015年。だが、社長やCEOの肩書が外れても、スズキのトップは修氏であることに変わりはなかった。2016年の東洋経済のインタビューで、「一歩引いて、社長を前面に立ててもり立てては」と問うと、「私には40年の経験がある。(役員たちは)俺に勝て。それには勉強しろ」と強調し、「取締役会で『あなた、辞めなさい』と言われたら、僕はさっさと辞めますわ。それが最高の花道だ」と終始強気だった。

2016年10月にトヨタとの提携交渉開始を決定。その記者会見で「最大の課題としていた提携にメドを付けた。これを機にもう少し社長を前面に押し立てる考えは」と改めて記者が尋ねると、「企業経営者というのは『これで一段落』ということを考えていないと思いますよ。チャレンジするということ、企業経営を社会のためにやっていくということはいつまで経っても変わらないんじゃないですかね。あなたのおっしゃることは参考にさせていただきますが、私は全然違っていると申しておきます」と述べ、隣に座ったトヨタの豊田章男社長を「さすがですね」とうならせていた。

会長の肩書を捨てても“現役”

しかし、近年は長期政権もマイナス面が見え始めていた。2016年には自動車開発における燃費・排出ガスの試験方法の不正が発覚。2018年には完成検査の不正も判明した。当初、スズキは「適切に実施されている」としていたが、後に多くの改善や不正行為が見つかった。その一因として、「会長に物を言えない体質が年々強まっていったからではないか」(スズキ元役員)と指摘する声も聞かれた。

スズキが100周年を迎えた2020年に会長の勇退が噂されたものの、結局は続投となった。「生涯現役」を貫くかと思われたが、2021年6月で会長を退任し相談役に就く。2月24日の会見で新たに発表した中期経営計画に触れ、修会長は「(電動化技術の強化を軸とした)着実な実行を推進するために、役員体制を一新して後進に譲ることに決めました」と説明した。

もっとも、「退任するが現役でいるわけですから逃げも隠れもしません。相談役を受けることにしましたから、肩書を捨てても現役であります。どうぞよろしくご相談ください」と語るなど、”オサム節”は健在だった。俊宏社長は「会長自身は生涯現役だと言われていましたので、こういうタイミングは思ってもみなかった。中計をやりきる。軽自動車を守り抜く。それが私のやるべきこと」と決意を語った。

自動車業界は電動化や自動運転など100年に一度といわれる変革期の真っ最中。カリスマから名実ともに運転席を託された経営陣は、難局を乗り切っていけるのか。その成否によって修氏の「引き際」の評価も決まってくる。

『週刊東洋経済』(2016年10月8日号)の「スズキ おやじの引き際」に掲載した、鈴木修会長のロングインタビューも配信しています。
前編「私には40年の経験がある。社長よ、俺に勝て」
中編「若手が先代を追い越せば、承継は可能だ」
後編「“辞めろ”と言われたら、それが最高の花道だ」