新型コロナウイルスは現代資本主義の欠陥を暴き出した。過去に社会保障や公的医療の縮減を進めた多くの国では、コロナ禍の傷が一段と深まった。反対に公的部門に投資してきた国では、傷は全体的に浅く済んでいる。

国家は本来「最初の投資家」であるべきだ。ところが「最後の貸し手」として、高みの見物を決め込んでいる国が多すぎる。2008年の世界金融危機のように、一大事となってからでは経済対策のコストは莫大なものとなる。平時から先手先手で公共投資を進めたほうが、はるかに安上がりだ。

にもかかわらず、あまりに多くの政府がこの教訓から目をそらした。そして今回、新たな危機に直面し、国家が本来の役割を放棄したことが改めて露呈したのである。外部委託と偽の効率化による公的部門の空洞化だ。民間活力を美化したツケが回ったともいえる。