古典にして今なお警世の書 こだわりの訳で読みやすく
評者/帝京大学教授 渡邊啓貴

『縮訳版 戦争論』カール・フォン・クラウゼヴィッツ 著/加藤秀治郎 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] Carl von Clausewitz 1780〜1831年。プロイセン王国の軍人で軍事学者。ナポレオン戦争に将校として参加。『戦争論』は死後1832年に発表された。
かとう・しゅうじろう 1949年生まれ。東洋大学名誉教授。専門は政治学。

「戦争とは他の手段をもってする政治の継続にほかならない」という一句により、リアリズム政治学のテキストとして今日でも世界中で読み継がれる古典である『戦争論』。

これまでにも3つの全訳、2つの抄訳が出ているが、あまりにも浩瀚(こうかん)で、またクラウゼヴィッツが軍人であったため、戦略、戦術に関する微細な論述も多く、一般には読み通すのが難しい書物である。3つ目の抄訳となる本書の訳者は、その点を十分に理解したうえで要諦を踏まえつつ、今日もなお有効性を持つ部分を簡明に訳出している。

クラウゼヴィッツは、ナポレオンに徹底抗戦した筋金入りのプロイセン軍人であるだけに、戦争に対する冷徹な見方が『戦争論』の真骨頂だ。

戦争はいったん始まると敵の武装解除では終わらない。武力の無制限使用による敵の徹底破壊に至る残忍性こそが戦争の本質である。実体験からくる戦争への決定的な悲観論だが、それゆえに「戦力使用の抑制」が繰り返し述べられている。

戦略を論じながら、リアリストを標榜しているのに情緒的な戦争肯定論に流されやすい一部の好戦主義者への戒めとなっている。戦争は始めるに易く、終わらせるに難い。指導者は情報に踊らされず、軽挙妄動を慎み、自己をコントロールしながら冷静な判断を下すことが極めて重要だ。

日常生活やビジネス活動で役に立ちそうな警句も全編にちりばめられており、いわば金言、箴言(しんげん)の宝庫である。会議での挨拶などの機会が多い人には便利だろう。

ビジネスの視点では、「軍事的天才」が兼ね備える知力、眼力、勇気、感情と知性の均衡や「精神的な力」としての高級司令官の才能、軍隊の武徳、軍隊の民族精神などの重要性が説かれた部分は、企業戦士の琴線に触れるのではないだろうか。

具体的な戦争での攻撃・防御のあり方に関する記述における、力の求心性と遠心性のバランスなどの指摘は、多くの人にとって改めて有益な気づきとなるだろう。

読みやすい訳文とともに、一つひとつの訳語への配慮も本書の大きな特長で、訳者のこだわりがうかがえる。用語の語源までたどって訳語を推敲したり、既訳書の誤りを修正したりしながら、簡明な訳を心掛けているのが随所から伝わってくる。

政治学の不滅の古典であると同時に、今なお警世の書である『戦争論』が、読みやすい形で、装いも新たに登場したことを喜びたい。