政治との攻防の末に独立どころか財政支援役へ
評者/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『ドキュメント 日銀漂流 試練と苦悩の四半世紀』西野智彦 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]にしの・ともひこ 1958年生まれ。慶応大学卒業後、時事通信社で編集局、TBSテレビで報道局に所属し、日本銀行、首相官邸、大蔵省、自民党などを担当したほか、報道番組の制作プロデューサーも。著書に『検証 経済迷走』『検証 経済暗雲』『平成金融史』、共著に『検証 経済失政』など。

短期金利が0.5%を下回ると、金融政策は効果を失う。もはや景気を十分刺激できず、インフレ醸成も難しい。1998年に日銀が独立性を得た時、すでに金融政策はほぼ限界にあった。ただ、万策尽きたとは言えない。効果は小さくとも拡張性のある新たな手段を考え出す日銀マンが頭角を現していった。気鋭のジャーナリストが、金融政策に関する四半世紀の政治との攻防を描いた労作だ。

金融危機に直面した松下時代。不良債権問題を抱える中、金融ビッグバンを進め、市場論理の貫徹が追求される。現在なら、不況期の金融機関の法的整理は、マクロ経済への悪影響が大きく、決して選択されない。当時、大蔵省と日銀の中枢が理解していなかったのは驚きだ。

独立性の罠に陥った速水時代。金融政策運営には政府との連携が不可欠だが、独立性を意識しすぎ、協調体制は瓦解する。デフレ時代にインフレファイターを総裁に据えただけでなく、棚ぼた的に獲得された独立性の意味を多くの日銀幹部も履き違えていた。当時、円高回避を巡り、後方から日銀が弾を撃ったと受け止めたのが、後に日銀総裁となる財務官の黒田東彦だった。

政府との関係修復に注力した福井時代。効果がないのを承知の上で、量的緩和や非不胎化を続け、政府との協調を演出するが、財政ファイナンスにつながる長期国債の購入拡大には手を染めなかった。世界経済の拡大という幸運にも恵まれ利上げを開始するが、0.5%を上回ることはできなかった。また、量的緩和解除に最後まで反対したのが官房長官の安倍晋三だった。

リーマン危機、東日本大震災に直面した白川時代。金融緩和を繰り返しても、与野党からは執拗な緩和要求が続く。2%インフレ目標は、達成が難しく財政ファイナンスにつながると拒むが、2012年に政権復帰した安倍の下で、導入を余儀なくされる。

前人未踏の大実験に挑んだ黒田時代。世界経済の回復もあり、積極緩和は当初うまくいったかに見えたが、人々のインフレ予想には影響せず、近年は、金融システムへの弊害除去に追われるありさまだ。2%インフレという青い鳥の不在を皆が認識し、黒田再任の際には、政権首脳も達成にこだわる必要はないとした。

コロナ危機で超金融緩和の出口はまったく見通せない。成長率とインフレ率が低いだけではなく、公的債務膨張で、財政への配慮からも利上げは困難だ。事実上、公的債務管理に組み込まれ、財政の日銀依存はさらに強まるのだろう。