たけうち・ひろたか 1971年生まれ。立正大学仏教学部卒業。2012年に日本人初の8000メートル峰14座完全登頂。13年、植村直己冒険賞、文部科学大臣顕彰スポーツ功労者顕彰受賞。立正大学客員教授。著書に『標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学』『頂きへ、そしてその先へ』など。(撮影:梅谷秀司)
下山の哲学──登るために下る
下山の哲学──登るために下る(竹内洋岳 著/太郎次郎社エディタス/1800円+税/254ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
2012年、日本人初の8000メートル峰14座登頂を達成。その道のりを、敗退を含む18のヒマラヤ登山の記録で克明につづる。著者にとって下山とは、あくまでも次の登山への準備であり、助走なのだという。

──頂上では達成感とともに思いっ切り深呼吸、かと思ってました。

喜びに沸く場面をひっくり返して、底が見えない深い沼を想像してみてください。息を止めて潜り、ようやく底に手が着いたとき、「やったー! ここで少しゆっくりしていこう」とは、たぶんならないですよね。息が続くうちに水面へ浮上しなきゃいけないと思うと、水底にとどまるなど、とんでもなく不安。それと同じことを私たちは頂上で感じます。ベースキャンプが安全地帯とすれば、そこからいちばん遠くていちばん空気がない所。1センチメートルでも2センチメートルでも早く標高を下げたい、早くその場から離れたい、そんな思いが圧倒的に強い。

──余韻に浸るどころではない。

360度、何の生命感もないデスゾーンです。酸素は薄く湿度ゼロ。生き物がとどまることを拒絶している。風の音、自分のゼエハアという呼吸音、心臓の音が、普段の生活では経験しえないけたたましさで鳴り響く。自分の体が限界を超えているのがわかります。

高度8000メートルはちょうど国内線の飛行機が飛ぶ高さ。その窓の外を生身の人間が登っているわけです。大気中の水蒸気による揺らぎがないから、星は瞬かない。すべての星がピカーッと光り空全体が発光している。自分の視線のずっと下まで星空が広がっている、まさに宇宙空間。本当に恐怖と不安の世界です。

──登りと下りとで、気持ちの違いみたいなものはあるんですか?