今どきの大学を鮮やかに分析 実務家ならではの改革案も
評者/甲南女子大学教授 林 雅彦

『「社会人教授」の大学論』宮武久佳 著(書影をクリックするとamazonのサイトにジャンプします)
[Profile] みやたけ・ひさよし 1957年生まれ。共同通信社記者・デスク、横浜国立大学教授を経て、現在、東京理科大学教授、日本音楽著作権協会理事。専門は知的財産論(著作権)、コミュニケーション論、メディア・ジャーナリズム論。著書に『知的財産と創造性』『正しいコピペのすすめ』『わたしたちの英語』など。

評者も「社会人教授」(=実務家教員)である。実務の世界から大学というワンダーランドに足を踏み入れ、そこで体験したあれこれを面白く書いているに違いないと手に取ったが、そういう下衆(げす)な期待は見事に裏切られた。本書はきわめてわかりやすい「今どきの大学」論である。

今どきの大学についてある程度知っている大学関係者(企業の人事担当者なども入ろう)以外の「大学論」の読者は誰か? 子供の大学受験を控えた保護者たちだ。大学卒業以来20〜30年ぶりに大学に目を向けることとなる。これは、実務の世界に20〜30年身を置き、学生時代以来改めて大学という組織の内部に身を置き、大学を眺める実務家教員(=著者)と同じである。だからこそ、そういう層は抵抗なく、かつ興味を持って読み進めることができよう。

大学はこの30年ほどで驚くほど変わった。その要因は著者も指摘するように、少子化とユニバーサル化(大学進学が当たり前となること)である。その結果起きていることは、大学の「学校化」、推薦やAO入試などを利用し一般受験を経ない学生の増大、大学改革の掛け声とそれが遅々として進まぬ現状、「考えない」学生の増加等々。その中でも最も深刻なのは「教養主義の没落」(本書)であろう。

どうして、そうなったのか。その点の分析はさすがに実務経験者(加えてジャーナリズム出身という点も大きいだろう)、実に腑に落ちるのだ。大学教員はそれぞれが一国一城の主なので「同僚」概念がなく、上層部からの組織経営手法が通じない、お互いに「先生」と呼び合うがゆえに「議論」は行われず「情報交換」のみが行われる、キャリア意識のある学生は自ら学び成長する、などアカデミズムの中だけにいてはなかなか出てこない見立てを披露する。

特に、第9章での、学生が勉強をしないことに関する構造的な要因の指摘、分析は秀逸だ。学生だけでなく、企業、保護者、教員、それぞれに責任があり、最大の責任者は企業であると断言する。

本書では最後に、いわゆる「大学人」からは出ないような、大胆かつ興味深い大学改革案が披露されている。実務の世界と大学の両方をみてきたからこそのアイデアも多いと感じる。少なくとも、「実務家教員の比率を増やせという話も(略)大学の知を歪めてしまう動きです」(広田照幸『大学論を組み替える』)といった、研究をしてこなかった実務家教員を一段下にみるような態度からは、新たな大学が生まれることはないだろう。