カリフォルニア州のEV製造工場内に立つイーロン・マスク氏。当時は「モデルS」の生産が急ピッチで進んでいた。写真は2012年(撮影:Paul Sakuma)
典型的な日本の大企業で何事にも慎重なパナソニックと、常識にとらわれず電気自動車の事業拡大に突き進んできたテスラは、まさに"水と油”だ。10年前、なぜテスラはパナソニックとの協業を実現できたのか。
当時、テスラでバッテリー技術戦略を担当し、パナソニックとテスラの「橋渡し役」を務めたカート・ケルティ氏が提携の秘話を語った。
(注:本記事は「週刊東洋経済プラス」のオリジナル記事です)

無名のテスラを誰も相手にしてくれなかった

──ケルティさんは2006年にそれまで勤務していたパナソニック(当時、松下電器産業)を辞め、新興ベンチャーだったテスラへ入社しました。思い切った決断だったのではないですか。

当時のパナソニックは、社員として何の不満もリスクも感じないよい会社だった。待遇もよかった。それでも、テスラへの転職を決めたのは「自分にはもっと社会に貢献できることがあるんじゃないか」と思ったから。テスラの脱炭素エネルギーをうたう企業理念に深く共感した。

私がテスラで課されたミッションは、電気自動車(EV)に搭載するいい電池を見つけることだった。テスラは、パソコンに積まれている円筒形のリチウムイオン電池を直並列で7000本並べて車を走らせる、という独自性のあるアイデアを持っていた。

ただ、韓国や日本の電池メーカーに声をかけても、無名で実績のないテスラを誰も相手にしてくれない。電池業界全体に、EVに電池を搭載するのは危険だ、という風潮もあった。仮に電池が爆発する事故があったら、「テスラが燃えた」ではなく「〇〇の電池が燃えた」とニュースになることを皆恐れていた。

唯一興味を持ってくれたのはある中国メーカーだが、試しに購入して性能評価をしてみたところ、とても使い物になる代物ではなかった。それでも私は諦めず、1カ月半ごとに海外出張をしては韓国サムスン、LG電子、日本のパナソニックや三洋電機(2011年にパナソニックと合併)を訪ね歩いた。

──交渉に応じたのは、パナソニックよりも三洋電機のほうが先だと聞きます。