必要性を倫理的に説明
独創性に、引き込まれる
評者/北海道大学教授 橋本 努

『「競争」は社会の役に立つのか 競争の倫理入門』クリストフ・リュトゲ 著/嶋津 格 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] Christoph Lütge 1969年生まれ。哲学・経営情報学を学んだ後、科学の経済哲学のテーマで博士論文を提出。ミュンヘン工科大学(TUM)教授、ビジネスエシックス、科学技術の倫理、AI倫理等を講義。2019年から同大学AI倫理研究所所長。

競争は、なぜ社会のあらゆる場面で必要なのか。その理由を倫理的な観点から説得的に論じた快著である。

資本主義の社会はこれまで、社会主義者やエコロジストたちによって執拗に批判されてきた。しかし、思想史を振り返れば、マルクスは競争を否定してはおらず、社会主義の社会においても労働者間のライバル的な関係が不可欠になると考えた。レーニンも同様に競争を支持した。彼は金融資本を批判する際、人材の縁故採用や資本の独占状態を批判したのであって、能力主義や独立自営の商品生産活動は肯定していた。

資本主義批判はつまり、根本的な次元では競争批判になっていなかった、というのが著者の理解である。

それでも批判者たちは、社会をゼロサム・ゲームのように捉えて競争を批判する。だが、たとえ敗者が生まれようとも、多くの人が勝者になれる状況では、競争は「システムの倫理」として要請される。私たちの社会は道徳的な理由を持ち出して制御できるほど単純ではないのであって、社会を進化させるためにも競争の仕掛けが必要であるという。

例えば、競争の批判者たちは「地産地消」を推奨している。しかしドイツ人は、やはりニュージーランドから子羊肉を輸入したほうがいい。寒いドイツで子羊を生産すると、かえって暖房費などの生産エネルギーが増大して、地球環境を悪化させてしまうからである。環境のためにも、自由競争が必要であるとする。

また、医療の民営化に反対する人々には次のような事例が示せる。オランダでは2006年の改革で健康保険サービスが民営化された。完全な自由化ではなく、競争庁によってサービスの差別化を予防する措置が講じられており、うまくいっている。スイスでは類似の民営化が機能していないので、その点は注意が必要だ。つまり、競争を促進するには、きめの細かい制度デザインが求められるのだ。

この他、政治の分野では、下限得票率条項の緩和、オンライン投票の導入、政治キャンペーンの規制などが、政治の競争を強化するという。

日常生活においては、家族でモノポリー・ゲームをすることが推奨されているのも興味深い。ただ著者の家では、財産の競売を禁止にしたので、最初に稼いだ人が有利になってしまったと述懐する。やはり制度デザインが重要なのだ。

競争社会をこのように倫理的に評価する本書の視点は、論争的だが、オリジナルで秀逸である。

ぐっと引き込まれた。