歴代首相の中で朝鮮半島問題に対し熱意をもって取り組んだのは、安倍晋三首相以外にいない。「つねに何かほかに方法があるのではないかと思いながら、考えうるあらゆる手段を探ってきた」「拉致問題をこの手で解決できなかったことは痛恨の極み」と8月28日の辞意表明時に述べたのは、本心からの言葉だろう。

外交は水面下で行われる交渉や協議が大半を占め、どのような手段を取ってきたのかは国民にはよく見えないものだ。安倍政権は2014年に北朝鮮との交渉を行い、拉致問題など懸案は解決に向けて動き出すかに見えた。しかし交渉は頓挫し、それ以降膠着状態が続く。結局、関係改善への第一歩さえ踏み出せなかった。

安倍首相は19年、「条件をつけずに金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長と会う用意がある」と最高指導者に呼びかけたが、これも言葉のみで終わった。「条件をつけないというのなら、なぜ拉致問題ばかりを言うのか」と北朝鮮は思っているはずだ。北朝鮮にとって拉致問題は、すでに解決済みの問題だ。であれば、北朝鮮にとって応じる理由と名分が見つからない。それは安倍首相もわかっていたはずだ。それならなぜ「条件をつけない」とし、首脳会談まで提案したのか。これ以上の有効な打開策を、安倍首相が示すことはなかった。