南シナ海を航行する米空母「ニミッツ」と「ロナルド・レーガン」。空母が2隻も同時に南シナ海で演習を行うのは2014年以来のこと(U.S. Navy/AP/アフロ)
週刊東洋経済 2020年9/19号
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米国のジャーナリスト、バーバラ・W・タックマンの『八月の砲声』は、第1次世界大戦の開戦の経緯を描いた古典だ。1914年6月にセルビアの青年がオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子を暗殺。そこから同年8月にかけて欧州列強が誤解と相互不信によって、誰も望まなかった総力戦に突入した様子を活写している。

刊行されたのは米ソが核戦争直前まで行ったキューバ危機のさなかの62年だ。本書に大きな感銘を受けて米大統領、ジョン・F・ケネディはソ連のフルシチョフ首相との対話を決断し、最悪の事態を回避することに成功したとされる。

現在、この名著を引いて米中に自制を呼びかけているのが、オーストラリアのケビン・ラッド元首相である。外交官出身のラッド氏は中国語に熟達し、米中双方の指導層に知己が多い。

ラッド氏は米『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄稿した「アジアでの8月の砲声に気をつけよ」という論文で「朝鮮戦争以来の米中の武力衝突の危機が迫っている」と警告した。米国では大統領選挙、中国では権力闘争によって政治が不安定化していると指摘、「今後の数カ月間を安全に乗り切ることが何より大事だ」と訴えた。

11月の米大統領選を前に、米国の対中政策は強硬さを増している。毎回見られる風景ではあるが、今回は中国発の新型コロナウイルスの流行が事態を複雑にしている。米国で17万人超の死者を出すに至り、米国での対中感情は極度に悪化。米ピュー・リサーチ・センターによる今年6~7月の調査では、中国を好ましくないと考える米国人の割合は73%に達した。調査開始以来最悪だった3月時点の66%からさらに悪化した。香港への国家安全維持法導入は火に油を注ぎ、対中制裁のリストは増えるばかりだ。

これを「新冷戦」と称する向きもあるが、ラッド氏によれば米中は「熱戦」に突入する可能性がある。とくに危険なのが南シナ海だ。

ラッド氏はこの海域で米中の偶発的な武力衝突が発生し、そこから事態がエスカレートする可能性を指摘。「米中の自制の可能性について楽観的になる理由はほとんどない」とした。